見出し画像

サントリーの超長期戦略がいま教えてくれる、目先のコンバージョンより大切なもの

川手@RKawtr です。

大学3年生の中盤から4年生終盤にかけて、サントリーに関する情報収集に奔走していました。卒論のテーマが「サントリー」だったためです。

サントリーとは多くの方がご存知の通り、洋酒、ビール、清涼飲料水の製造・販売等を行う日本の企業グループです。正式名称は「サントリーホールディングス株式会社」ですが、ここでは便宜上「サントリー」で統一させていただきます。

大学では経済学・マーケティングを専攻していましたが、数多くの成功企業の実例にケーススタディとしてに触れ、その多くは「成功するための原理原則」にのっとり、成功していることを初めて知りました。

ただ、サントリーは例外でした。

近年だと NHK 連続テレビ小説「マッサン」で取り上げられた影響もあり、その影響で知っているという方も多いと思いまが、サントリーは非上場の親族経営を貫く飲料メーカーであり、「人々の生活文化」に寄り添い、最初期より超長期戦略による先行投資を重ね、赤字を垂れ流しながらもロングセラー商品を生み出してきた、かなり特殊な飲料メーカーです。

大学生の当時、サントリーに関する資料を読み調べていく中で自分は以下のように考えました。

通常のマーケティング戦略のセオリーからはあまりにもかけ離れているにも関わらず、なぜサントリーは成功しているのか

本日は「狂気的」にも思えるサントリーの超長期戦略について整理し、いま大切にすべきものは何なのかについて、考えたものをお話しできればと思います。

サントリーの超長期戦略史

サントリーの歴史は100年以上続いています。その間、経営そのものに深く関わったロングセラー商品は3つ存在します。以下がそれらに当たります。

赤玉ポートワイン(現・赤玉スイートワイン)
ウイスキー
ビール

(1)赤玉ポートワイン(現・赤玉スイートワイン)について

まず「赤玉ポートワイン」についてです。赤玉ポートワインはサントリー(当時は鳥井商店)の最初のヒット商品であり、のちのウイスキー生産資金源にもなった極めて重要なロングセラー商品です。

画像1

のちに赤玉スイートワインと名称変更されたものの、1907年に初めて発売されてから今日まで売れ続けているため、113年のロングセラー商品ということになります。サントリー創業者・鳥井信治郎氏は丁稚奉公に出た折、洋酒に関する知識を深め、次のように考えたとされています。

洋酒文化は今後ますます日本に入ってきて、一般に広く浸透する

信治郎氏はそう確信し、「セレース商会」というスペイン人の企業を買収し、スペイン産ワインを大阪で販売しはじめました。ところが、当時の和食が中心な日本人の舌にスペイン産ワインが合うわけもなく、当初は全く売れなかったそうです。

そこから試行錯誤し改良を重ね、広告を巧みに使いながら徐々に売り上げを伸ばし、氏は「赤玉ポートワイン」をヒット商品に育てていきす。

当時氏がとった有名な広告戦略が2つあります。「ヌードポスター」と「赤玉効能書」がそれです。

「ヌードポスター」については上記、 NHK ドラマでも取り上げられ有名にもなったので多くの方がご存知ではないかと思います。当時の日本の常識ではありえない広告戦略で、ポスターが配布された酒屋でもポスターの盗難が相次いだようです。

「赤玉ポートワイン効能書」については「健康にどれだけ良いか」という点について詳細に記された書き物で、実際にワインを購入する酒類販売店などに配布され、営業時などに活用されたようです。今だと薬機法で100%アウトですが...。以下は「サントリーウイスキー博物館」に展示されている実物です。

画像2

同内容は新聞広告などにも転用され、大々的に喧伝され、当時は強い広告効果があったようです。赤玉ポートワインは1907年の発売から、1921年までの14年あいだで売り上げを急拡大し続けます。1921年には、国内ワイン市場の60%を占める鳥居商会の看板商品に成長します。

そこで次に信治郎氏が手を出したのが「ウイスキー」です。

(2)ウイスキーについて

ウイスキーは前述 NHK 連続ドラマを通じて知っている人も多いかと思いますが、製造方法が非常に特殊な上に非常に良質なピートを必要とし、当時の日本国内でそれらを調達することは非常に困難でした。

最適な湿度、温度環境下での長期貯蔵も必要性であり「先行的に攻め込むことで優位に戦うことができる」というメリットもあったかと思いますが、うまくいかなかった時のリスクがあまりにも大きく、デメリットも多いため当時の社内では多くの反対にあったとされています。

1921年に社名を壽屋に変更し、1923年に国産ウイスキーに着手し、1929年についに初の国産ウイスキー「サントリーウイスキー白札」を発売します。しかし「焦げ臭い」などと散々叩かれ、全く売れませんでした。

画像3

前述した通り、ウイスキーの製造には良質なピートを必要としますが、当時使われたピートが良質なものではなかったため、また本場で仕入れた情報をもとに作ったウイスキーが日本人の嗜好性に合わなかったため売れず、再び改良の日々が続きます。

この間に壽屋は資金難に陥ります。ウイスキー事業には非常にコストがかかるためです。

当時ヒット商品であった「スモカ歯磨」の製造販売権や、買収したビール事業などを手放します。そして1937年、「サントリーウイスキー12年」(現在のサントリー角瓶)が発売され大ヒットとなります。その後大戦を挟みつつ、奇跡的に山崎蒸留所は戦火を免れ、「オールド」「ローヤル」などを世にドンドン送り出していきます。また特に戦後庶民向けウイスキーとして売り始めた「トリス」は「トリスバー」を通じ、広く普及していきます。

そしてこの時に、信治郎氏から敬三氏(次男)へ経営権も移り、社名も「壽屋」から「サントリー」へ変更します。そして敬三氏は、のちに作家となる開高健・山口瞳をコピーライターとして起用し、数々のキャッチコピーを世に送り出します。敬三氏は芸術や文学に非常に精通しており、「生活文化の理解」を非常に重視し、経営戦略を進めていきました。

「人間らしくやりたいナ」や「トリスを飲んで Hawaii へ行こう! 」はその時期に作られ、高度経済成長期を象徴するキャッチコピーとして今でも語り継がれています。

画像4

画像5

これらのキャッチコピーはTV CMでの起用はもちろん、上図のような雑誌広告でも起用されました。

そして次に、「ビール」への再挑戦が始まります。

(3)ビールについて

前述した通り、「ビール事業」は過去に一度手放していますが、再度着手し挑戦することになります。ビールでも大苦戦を強いられます。

もともとビール事業は新規参入が非常に困難なジャンルであったため(ここでは説明を省きますが、ざっくり言えば旧財閥系企業による独占が長らく続いており、製造面・販売チャネル面が抑えられていたため、また近年まで「年間最低製造数量」が規定されていたため)「プレミアム・モルツ」が市場で広く受け入れられ、ようやく初の黒字化に至ります。ただ46年かかっています。累積赤字は1,000億円を超えているとも言われています。

特にスーパー、居酒屋などの飲食店への営業活動に力を入れたこと、「矢沢永吉」を CM 起用した成果が大きく、それらについては下記の書籍でも詳しく書かれています。

「のどごし」を武器にしたキリン、「辛口」で既に日本国内のビールの価値観を形成してしまっていたアサヒとの戦いは困難を極めるものだったのではないかと思います。現在は「プレミアム・モルツ」の上位互換的な「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム」も登場しています。良質な麦芽がふんだんに用いられています。とても美味しいです。

画像6

画像7

サントリーの超長期戦略を支えた3つの柱

ワインは比較的着手から短期間で軌道にのせることに成功していますが、ウイスキーは20年近く、ビールは半世紀近く黒字化に時間を要しています。これらを実現させるに至った、3つの柱について最後にご紹介したいと思います。

(1)「やってみなはれ」の精神

サントリーにまつわる書籍、エピソードを見聞きしていると頻出するのが「やってみなはれ」というキーワードです。

サントリーは常に新規商品を世に送り出し成長してきた企業です。例えばビール事業に着手する際にも信治郎氏は敬三氏に対して「やってみなはれ」と促したそうです。また「天然水の森」と呼ばれるプロジェクト(サントリーの製品は80%以上が地下水に依存しており、日本は水資源が豊かだが常に枯渇の危機にあることに気づいた山田氏が社内で提案し動き始め、現在12,000ha、つまりは山手線内側の約2倍の森林を自社で涵養しているプロジェクト)も「ならやってみなはれ」の一言で動き始めたプロジェクトです。書籍『水を守りに、森へ』に詳しく書かれています。

そして「やってみなはれ」で動き始めたプロジェクトは、止まりません。

通常の上場企業であれば株主から拒否され、それらは実現できないかもしれませんが前述した通りサントリーは非上場の親族経営企業であり、それらの声に振り回されずに事業計画を立て進めていくことが可能です。

(2)「生活文化の理解」で得た異常な顧客解像度の高さ

前述、敬三氏の頃から始まった「生活文化の理解」も、サントリーの大きな強みの1つと言えます。

高度経済成長期を彷彿とさせるキャッチコピーの数々はもちろん、「舶来文化に対する強い憧れ」を凝縮させたような CM の数々、特にバブル期に作られた、元社員であり作家の開高健を起用し世界中でロケしたCMは豪華絢爛です。今では考えられない長尺で、BGM すらモンゴルの人間国宝でもあるノロヴバンザド氏による声楽というこだわりっぷり。

これらは生活文化の理解を深めた末の、「顧客解像度」の高さあってのものではないかと思われます。(顧客解像度についての詳細は、栗原さん@kotakurihara さんのnoteをご参照ください)

「顧客が生きていく上で今何を求めているのか」について熟知していなければ、このような CM の数々は制作できていないのではないでしょうか。

実際の CM をみていると特に「自社の製品イメージ」と「自社の顧客が誰に CM に出て欲しいか」、そして「顧客が生きていく上で今何を求めているのか」を非常に深く考えながら作っているように思います。

例えば「天然水」の製品特性である「透明さ」を伝えるべく、同じく「透明」を象徴させるような声色をもつ「宇多田ヒカル」を起用し、「水とともに生きる」というサントリーのグループ企業理念とも掛け合わせ、大自然の環境下で天然水と関連性の高い「光」「風」とのバランスを見事に調和させた CM は、都会で生活する現代人に心に「潤い」「癒し」を提供します。

例えば前述した通り、「自社の顧客が誰にCMに出て欲しいか」を逆手に取り俳優に限らず、過去には作家を起用したり、現代では一部の人にとっては癒しであり、憧れの的でもある人気声優を起用したCMが制作された事例もあります。常に顧客ファーストです。

また敬三氏自身がACジャパン(旧:公共広告機構)の発起人だったこともあり、3.11の際にはむしろ広告費をどんどん投じ、坂本九の「上を向いて歩こう」を歴代出演者が歌うメドレー CM が展開されました。

結構覚えている方、CM を見て元気付けられた方も多いのはないでしょうか。

「上を向いて歩こう」のCMでは一切に商品紹介がありませんでした。そのため、何の CM だったのか覚えていない方も多いかもしれません。

特に有事の際は「顧客が生きていく上で今何を求めているのか」が最優先となります。顧客あっての商いですから、そういった視野・視座のもと判断がなされ、 CM 制作を混乱した状況下でも展開できる企業は、世界的に見ても決して多くありません。

(3)「利益三分主義」の精神

最後に前述「やってみなはれ」と同じぐらいサントリーで重視されている「利益三分主義」についても触れておきたいと思います。

サントリーは「利益三分主義」について、公式サイト上で下記のように説明をしています。

事業によって得た利益は、「事業への再投資」「お得意先・お取引先へのサービス」にとどまらず、「社会への貢献」にも役立てたいという考えです

この利益三分主義の姿勢は、単純に CSR 的なものに留まらず、マーケティング戦略や、戦術をも左右しているのではないかと自分は考えています。

例えば現在サントリーが長期戦略として取り組んでいる マーケティング戦略の1つに、「プレミアムフライデーへの賛同」があります。

サントリーは「プレミアムフライデー」開始以降、長期的にこの携わり、毎月最終金曜日にサントリーグループ国内の社員約5,000名を対象に「午後3時の退社」を推奨し、「プレミアムフライデー」実施を機に、リニューアルされた「ザ・プレミアム・モルツ」のおいしさを体感してもらえる活動を強力に展開しています。

在宅勤務、リモートワークが話題となっている今、オンライン飲み会が広く浸透する今、サントリーは「 Zoom 」などを用いた CM 制作をし、宅飲みを推奨する動画を制作すれば、 CM そのもののユニークさからも確実に大きな話題となり、広告効果をあげられるはずです。

しかし、「利益三分主義」を貫くサントリーにそれはできません。自分は先日下記のようにツイートをしました。

前述した通り、「プレミアム・モルツ」の販売数増は居酒屋などの飲食店への営業活動に力を入れたことが大きく影響しています。今回の騒動の影響で飲食店の多くは致命的な打撃を受けています。また海外ではすでに在宅ストレスによる過度な飲酒、アルコール中毒が問題となっています。

これらのことから、そういった方向性でマーケティング活動を展開をしてしまうと、「お得意先・お取引先へのサービス」「社会への貢献」いずれもが崩壊してしまう可能性があると判断し、踏みとどまったのではないかと考えられます。

そしてつい先日、「話そう。篇」という3つの動画が YouTube の「サントリー公式チャンネル (SUNTORY)」にアップされました。以下はそのうちの1つです。

おそらくこれから本格的に、 YouTube 広告として流れ始めるのではないかと思います。

目先のコンバージョン1件1件を大切にすることは、 Web 広告を継続的に展開する上でとても重要なことです。しかしながら、顧客あっての商いであることも忘れずに、ただただ「今だからこそ、このピンチをチャンスに」と攻めるのではなく、「今だからこそ、広告を通じて顧客が一番求めているものだけを最優先に出してみる」という広告コミュニケーションもあっていいなと思うのでした。

サントリーっていい会社だナ

@RKawtr


この記事が参加している募集

私のイチオシ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?