みんとちょこ_003

掌編「世界は愛すに満ちてない?」

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星語《ホシガタ》掌編集*10葉目

(4000字/読み切り)

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「ミカちん❤️行ってきます」



犬ころ──わたしの長年連れ添った腐れ縁の彼氏──が寝てるわたしのおでこやらほっぺたにチューしまくって、起こさないように出て行ったのは覚えてる。

バイトが休みの朝。起きると、今日から梅雨明けだというのにやたらとひんやりしてて…部屋の壁が…?なにこれ。オフホワイトで、ざらりとめくれたような表面…。

触るとグゥ…。と指が入って、冷たかった。辺りにバニラの甘い匂いが漂った。

これは……少しベタつく部屋の中、ドアと床だけは普通の構造体で、少し安心しながら、二階の手すりごしから見える表の様子に驚いた。

遠く見渡すビル街はバニラ、ストロベリー、チョコレート色…たまにチョコミント、ポッピングシャワー…。

この辺一帯、壁という壁が──────アイスクリームになっていた。

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昨日梅雨明けしたばかりの太陽が青く照りつける中、アイスの壁たちはどこから冷気を連れてくるのか、まるで冷蔵庫の強度5ぐらいの気候だった。

とりあえず犬ころに連絡を取らなきゃ…。

「くしゃん!」それにしても昨日までジメジメと暑かったから、急にこの冷気はヤバい…。ってか会社に行ってる場合なの。それとも犬ころが会社に行くまではこんなじゃなかったんだろうか?

「そうだ…」「大変だ…」
犬ころは腸が弱く、寒いとすぐに下すのだ。

≪ねぇ、壁!≫
≪ビルー!≫
≪そっちどう?≫
≪世界がアイスになってない!?≫

我ながら意味がわからないLINEだ。


もう一度部屋に戻る。まだバニラの刺客に犯されてない、犬ころのあったかい腹巻きやわたしの上着…防寒具をいくつか探しておく必要があった。

箪笥の中は無事だった。わたしは30ℓのゴミ袋に注意深く犬ころのセーターを入れ、上からニトリの大袋に詰めなおした。犬ころのガタイの服がそこらのビニールに入るわけなかった。みっともないけど、汚れなければいい。

(さ、寒い…)

心細くて、わたしも犬ころのセーターを借りて着たら、ありえないほどだぶだぶになったけど、勝手知ったる落ち着く体臭がふわと首元を包んでくれて、少しだけ安心出来た。

水道も普通に出てくれたので、タオルで拭きながら綺麗に作業出来た。

犬ころからやっと返信があった。

≪ミカちん❤️ミカちん≫

カーー!この非常事態に!

≪早引けする≫

会社の様子が全く伝わらない…。何も起こってないのだろうか?と思わなくもないけど、コイツは普段から状況説明力に乏しく、言わないからといって起こってないとは限らないのだ。理系はこれだから困る。

≪寒くない!?!≫

と確認した。

≪ミカちん❤️ミカミカ≫
≪駅まで迎えに来て❤️≫
≪早引けデートしよ≫

カーー!この非常事態に!

まぁいいや、とりあえず正の黄虎石の刻の便で帰ってくるのだ。そこで聞けばいい…。ってか電車の壁は大丈夫なの…。

────家を出て、少し考えて一回戻って、スプーンを二本と、お気に入りのプラスチックのカップを二つ、ビニールに放り込んで駅に向かった。


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大樂川の河川敷から遠く神宿《シンジュク》を臨む。都庁は…あれはロッキーロードなのかな?てっぺんにポッキーまで刺さってて豪華だ。さすが都庁…。うちはただのバニラだったのに。いや、バニラもおいしいんだよ?

ひんやりとした風に乗ってストロベリーの香りが鼻先に届いた。ぐぅ…お腹が鳴った。

平日の午前中なので、おばあちゃんぐらいしか通りにいなかった。こんにちは。と声をかけると「今日は寒いねぇ」とぶるりとしてみせた。

≪ま、町が…アイスじゃないですか?!≫

聞きそびれてしまった。もしかして、地球町《あおやねちょう》ではよくあることなんだろうか…。

壁が色とりどりのアイスというだけで、他はごく普通の風景。空がきれいなピーカン晴れの日常が広がっていた。

河川敷からやっと住宅街、そして星語《ほしがた》商店街、建築物が密集してる地区に差し掛かった。

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アーケード内では、子どもたちが嬉しそうに壁を掬って、あちこちのアイスを食べ比べしていた。

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(c)https://www.photo-ac.com/profile/43626


「ラムレーズンはお酒だから食べちゃだめよー」
お母さんが酒屋さんに謝りながら子どもたちに本屋さんのマカダミアナッツクリームの壁を掬って渡していた。

「申し訳ありません~」
「うちのチョコミントがご迷惑を…」

ブティックのお姉さんだった。お隣の店舗、学生服専門店のおかみさんにひたすらお詫びしていた。どうやらレモンシャーベットの壁にチョコミントが混ざってしまって、趣味が分かれる味になってしまったみたいだ。

学生服専門店のおかみさんはいいっていいって。うちもメーワクかけてんだから。とあまり気にしてないようだ。

「そうだ!金箔を振って金のチョコミントレモンとか言ってお店で売ったらいいよォ」「うちの娘が製菓をやっててね…うちにたしか…」

なんて優しい世界。なんだか皆、子どもみたいにはしゃいでて楽しそう…。

(…こ、こういうもんなのかな…)

わたしはだんだん、壁がアイスになってるごときで、大騒ぎでLINEして慌ててゴミ袋に服を詰めてそのまま出て来てしまったことが恥ずかしくなってきた。

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「ミカちん❤️」フッ
「キャァ!」


横から耳に息を吹きかけられてびっくりしてしゃがみこんでしまった。
駅から家の方面に向かい、わたしを探しながら帰ってた途中の犬ころだった。

「タイムカード押した途端、壁がアイスに」

案の定服が足りなくて、ガチガチと震えながら新聞紙を体中に巻いていた。

ほれみたことか、とゴミ袋ごと服を渡し
「町の人たちはなんか慣れてるね…」

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「まぁ地球町《あおやねちょう》の面々だからなぁ…」
「遠京《トオキョー》都心部では壁がアイスに見える人とそうでない人でごった返してパニックになってんのにな」町の様子を嬉しそうに見渡す。

やっぱり非常事態だったのか。コイツも大概肝が座りすぎている…。

ぐぅ…また腹が鳴った。持ってきたスプーンとカップが脳裏にちらつく。どのお店の壁を食べよう…。少し、いやだいぶワクワクしてきた。

「あれっ❤️」「あれれれっ❤️」

「…なに?」

「これはぁ〜?!❤️」ゴミ袋を開けた犬ころ。

「俺の腹巻きと❤️セーター❤️じゃないかぁああ❤️」
「わぁ!」
ガバァ!抱きつかれる。

「ミカちん!❤️」
「俺のミカちん!❤️」

チュッチュッ。アホみたいにチューされてしまう。
わたしの頭をぐしゃぐしゃにしながら、

「あーもう…」
「好き…」「大好き…」
「ミカちん…」

潤んだ瞳で見つめられる。
「お金貯まったら、結婚しよ…」
おまえは金を貯めきれんから結婚出来ないんだろう…。

「はいはい」

まぁ結婚しなくても、ずっと一緒にいてあげるから安心しなよ。

あたり一面ひんやりとむせ返るような甘いバニラの香り。商店街のど真ん中、ギャラリーお構い無しに

「……愛してる」
抱き寄せられ、くちチューされてしまった。嫌がっても離してくれない。しばらくチューされてるうちに、頭の芯がボーッとなって、痺れてきた。まったく強引だなぁ…。

「…ん」
揉みくちゃにされてるうちに、気づいたらわたしも背伸びして抱きついてチューしてしまっていた。

わたし達を包むオーラが大きな光の環となり、熱気を帯び、道なりに広がっていくのが分かった。もう離れられない。

「アベックだ!」
「アベックが出たぞ」

「退避ィィ!」

町の人がガラガラと鐘を鳴らし、避難してるのが目の端に映ったようなそうでないような。

わたし達2人を引きよせる熱いパトス、パッション。ずっと一緒に居ようよ。魂の波動は、星語商店街…地球町《あおやねちょう》全体…遠京《トオキョー》…関東……東シナ海…太平洋…世界中の、世界中のアイスを…包んで溶かして…。

あれ?溶かして…弾け…。溶け………?ま、待って、食べてない、わたしまだ食べてないよ!

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大樂川の土手を、手を繋いで歩く。

「食べたかった…」

川の向こう、都庁のロッキーロードはもう半分以上溶けてしまったようだった。

「いいじゃん。金のチョコミントレモンはなんとか買えたし」

手元のレジ袋には、持参したカップに分けて入れてもらった戦利品が輝いていた。溶ける前に学生服専門店とブティックのお店の方たちが、売り出す用でボウルに分けて冷凍庫に入れておいてくれた分が、かろうじて残っていたのだ。

「まさか俺のチューが世界を救うことになるとは…」

なんと世界規模の事件だった。自由の女神がソフトクリームを持ってる画像が商店街のTVで流れていた。

アイスに視える人とそうでない人がいて、溶けた瞬間消えてしまうアイスだったのも手伝って、視えない人は寒いだけで、カメラで写してもらわないとわからないような話だったそうだ。

(こんなこともあるんだなぁ…。)

ほんとに犬ころのチューが原因で溶けたのかどうかはわからない。だってこの世界はアイに満ちているから。

しかしもしそうだったとしたら世界中のアイスが溶けるぐらいのチューだとか…まったく。

「どんだけわたしのこと好きなの~?」
言っていて顔が赤くなる。

「ミカちん…」「なんでそんなにかわいいん…」
ほっぺたをむにむにされながら、満面のスマイルでおでこにチューされ
「愚問だろ?」頭を撫でてくれた。

ほんとに!ほんとにまったく!赤面しながらあっかんべーして走り出す。

「おーい俺のミカちん」
「河原でアイス食べてこーぜー」

煌めくような初夏の風が、吹いて走って渡って行った。ひんやりと甘いバニラの香りが、これからやってくる夏に向かって、先に行って冷やしとくから早く来いよ。とフライングで駆け出すようだった。

世界中溶かす太陽みたいな笑顔で手を振る犬ころ。捲ったYシャツから逞しい腕。土手に降りて、食べちまうぞとばかりにアイスのカップを見せびらかした。

「待てーー」

そうだよ、あなたが好きだよ、わたしも。いつも、いつも。一緒にいてくれて、優しくしてくれてありがとう。

(…愛してる)

ドシャーン、遠くで溶けかけの都庁のロッキーロードが、今の瞬間、全て溶けてしまったようだった。

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**了**



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昨日見た夢を物語として調整しなおしたもの。書き下ろし。

(c)mamisuke-ueki/2018
≪11葉目へ≫
≪9葉目へ≫

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関東では梅雨明けしたのかぁ…と思い、作業途中うつらうつらしながら見た夢でした。「梅雨明けの日、起きたら壁がアイスになってて、スプーンを持って同居人と食べに行く」という簡単な筋書きの夢でしたが、場面の流れを調整してるうちにすっかり別物に。

ミカちんと犬ころが配役的に妥当かなぁと思い、代わりに出てもらいました。わたしは恋人同士の深い絆というのは、世界を溶かすぐらいは、雑作ないことだと思っています。

フォロワさんの影響で、まさかのチョコミント押しみたいな展開ですが、わたしはたまに買ってきて(歯磨き粉だなぁ…)と思いながら食べています。友達が好きなものは、輝いて見えるのだ。こちらまだ雨がざぁざぁ振っていますが、少し早い暑中お見舞いでした。

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追記1:作中出てくる「チョコミント+レモン」ですが、想像で書いたものだったので、実際作ってほんとに趣味が分かれるような味なのかどうか検証してみました。

*材料*
エッセルスーパーカップ/チョコミント
サクレ/レモン
これを同じ器に入れて半分混ぜながら食べてみます。

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あれっ?!おいしい!滅茶苦茶おいしい

苦手なミントの香りがレモンで軽減されて、かつ爽快で…。さいこう~。これならチョコミントが苦手なわたしでもおいしく食べれる。ブティックのお姉さん謝らんでよかったやんこれ…。やっぱ書く前に検証しないとだめですね。本文の方はそのままにしておきますが、皆さまもぜひ。

今年も、今年しかない、今年の夏がやってくる!

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追記2:こちらからお借りしていたフリー素材を、一部差し替えたり、自前の素材はチョコミントのチョコ部分を手描きで直したりしました。チョコ具合がなんか気持ち悪くて無理だった…。