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大人になれない僕たちは 第12話 マーブル色に花束を

 私は、今、決まりかかっていたドラマの企画を一つ潰した。若いやつらの何とも言えない顔が自分の決断を鈍らせる。こんなことばかりを続けていれば、きっと若手は育たない。しかし、今回ばかりはこうするしかなかった。 

「まったく柳本茜は空気も読まず、困りますよ」

 会議が終わると、小判鮫のように数人のスタッフが近寄ってきた。私は、苦笑いを浮かべ、適当に相槌を打って追い払う。顔色ばかりうかがっているお前たちよりも、空気も読まずに反対意見を述べた柳本の方が数倍マシだと、心の奥で呟いていた。

「今の時代、そんなことを言ったらパワハラになるからやめて」

 きっと、妻ならそう言っただろう。現場を離れた妻がいない今、私は苦笑いするしか、逃れる術を知らなかった。

 テレビドラマは、私の青春の一部だ。主人公と同じ髪型をし、主題歌を聴きながら学校に通う。そんな日常を過ごしていた。流行の最先端を、と大人になった私は、決意してこの世界に飛び込んだ。恋愛、刑事、学園もの、色んなジャンルが花開き、ファッションや流行語を作った。黄金時代が過ぎ去り、昔は良かった、なんてことを自分が口にするとは思ってもみなかった時代になった。テレビドラマは、今、時代の波に飲み込まれ、向かう先を見失っている。

 それでも、一筋の光をたよりに、もがいているつもりだ。上層部にかけ合い、実現した新たなドラマ枠は、テレビ離れした若者層をターゲットにスタートさせた。勢いとは裏腹に数字がついて来ず、1年も経たないうちに打ち切りの噂が絶えなくなった。

 打ち切られては元も子もない。私は、大きな路線変更を余儀なくされた。ドラマは終わった、と揶揄するバラエティー制作のやつらに、クイズばかりが並ぶテレビに誰がしたと、嫌味の一つでも言ってやりたかったが、今はそんな状況でもない。次回クールは、オリジナルではなく、万人受けする原作物をやる、そう決めた。

 上層部を黙らせるために、黄金時代を築き上げた中川氏に脚本を書かせることにした。彼女もまた、時代の波に飲まれながら、もがいている1人だ。現場は少しの混乱の後、反対した柳本を除けば、すんなりと私の意見に従った。ここではもう、私は裸の王様のようだ。

 あと5分でWebドラマの打ち合わせが始まる。こちらの方が、スポンサー受けがいい。危機感を抱いているのは、多分、柳本くらいだ。変化を恐れたらこれからのテレビドラマは終わってしまうと、息巻く柳本に、どこか懐かしさを覚えていた。

 Webドラマの制作は、上層部と深い関係がある広告制作会社と合同で行うことが決まっている。会議室のドアを開けると、場違いな男が我が物顔で座っていた。

「そんな怖い顔しないで下さい」

 畑違いのやつに何が分かるか、上層部の決定に不服だと表情に出ていたようで、私も、まだまだ未熟だった。

「今の時代は、テンポが求められるんです。若い人は自分のことで忙しいですから。今のテレビドラマは長すぎますよ」

 分かったような口調で話すその男を、私は腹の中で、笑っていた。

「ドラマの形もMVのように短くまとめて。なんというか、短編小説みたいに」

 短くまとめることの難しさを語っても、多分こいつには理解できない。

「なるほど。では、視聴者参加型なんてどうでしょう、選択した結果でエンディングが変わるような、それかシナリオをWeb小説から拾って…」

 上層部は、その辺りは、詰めてもらって、と私をあしらった。忘れていた。ここでは、私の意見など求められていない。その男の会社にお金が落ちればそれでいい、それさえクリアすれば良かった。私は、一瞬にしてサラリーマンの顔をした。

「何もこちらの色に染めようなんて思ってもないんですよ。強いて言えば、マーブル色ですね、混ざり合わないが、綺麗な色を出す、そう言うことです」

 男は、牽制するように言った。

 時代は変化する。それは、当たり前のことだと分かっていても、受け入れるだけではメディアに求められるものを放棄している。新しい物を創り上げてこそ、意味がある。この挑戦が上手く行けば新しいものが見えてくるかもしれない。そういうことだと自分に言いきかせ、今は飲み込むしかなかった。

「上手くいったら花束でも叩きつけてやりましょう」

 柳本が、このやり取りをどこで聞きつけたのか、ある日そんなことを言い出した。

「それくらいの余裕を見せてやりますから」

 柳本は、めげずに次回クールの企画書を差し出してきた。この間の会議で、私は、柳本の意見をあしらった。あの時の上層部と同じように。企画書を受け通ると、そこには、新しい企画書と一緒に、潰した企画書がそっと重ねられていた。まだ諦めるつもりはない、そういうことか。

「お前はやっぱり面白いな」

 柳本は、目をそらさない。力強い若手がいるここは、まだ腐っちゃいない。今に見ていろ。私は、柳本を見て、昔の気持ちを思い出していた。

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