止まる時を回すとき
この街は死んだ。僕は、知っている。泣き叫ぶ子どもの声は、僕の心を殺した。どのくらいの時が経っただろうか。こうなることを知っていた罪悪感も、時間とともに青い空に溶け込んで消えた。
「こちら、被害状況を確認。ほぼ、記録通りと言っていいでしょう」
AIの機械的な声がした。研究対象のこの街は、今の時代に生きる人間がいる間には、もう元に戻ることはない。泣き叫ぶあの子どもが、この世界からいなくなった次の次の世代が、きっと僕らが生きる時代だ。
「お前、実際に過去を見るのは、はじめてか」
声をかけてきたのは、同じ研究棟の男だ。僕よりも10歳も年上で、いつも何かと突っかかってくる。
「そうです」
「すぐに慣れるさ」
慣れることを望んでいるわけではない。自然の威力に人間の無力さを見せつけられた人々が、呆然と立ちすくむ傍らで、僕は、研究の意味を問い始めていた。
「そんなこと、考えても無駄だぜ。お前にできることは、せいぜい被害状況を記録することぐらいさ」
ここでも僕は、無力だ。
「次は5年後に飛ぶぞ」
「わかりました」
止まる時を回す。泣き叫ぶ子どもの声がスッと消えた。時を回す瞬間、僕は神にでもなったような錯覚をする。僕はいつだって自由に過去を行き来できる。
「研究は、ただ街の被害状況を記録するだけなんかじゃねぇよ」
男が笑う。
「俺たち人間の無力さこそ、研究対象だ」
そういって男は、何食わぬ顔で時を飛ぶ。人間は、いつだって変わらない。弱くて無力な生き物だ。
「2062年、あと5秒で到着します」
AIの機械的な声が聞こえた。
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