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田淵と、メロンパン
「メロンパンが一つあるとするじゃん」
田淵の話は、決まってオチがない。隣では、隼人がゲームに夢中だ。俺は、隼人の代わりに、適当に相槌を打った。
「でさぁ、そのメロンパン食べたら世界が終わるとして、俺は多分、食べる側の人間だと思うんだよね」
変わったことを言い出す奴だとわかってはいたが、田淵の目はいつもより真剣だ。
「空腹で死にそうな時にさ、そのメロンパンを食べずにいられる奴っているのかな」
「さぁ、お前、何言ってんの」
「この間さ、大人が俺に言ったんだよ。可哀想な時代に生まれたなって。年表にしたらさ、多分、すげぇ時代に生きてるとは思うの。でもさ、それって何十年も先に振り返ったやつがさ、その時代の事を何も知らねぇでいうヤツだろう?」
隼人が、ゲームの手を止めた。田淵は、続ける。
「俺らって可哀想なのかな?」
「さぁ、どうなんだろうな。俺らはこれが普通の日常で、それ以上でもそれ以下でもないだろ」
隼人らしい答えだ。
「でも、それがクリームパンだったら、迷うかもな」
「どうして」
「だってそうだろう。メロンパンはうめぇけど、クリームパンは好きじゃない」
「なんだよそれ」
冗談のつもりで言った僕の言葉に、田淵は、笑う事なく考えこんでいる。
「俺は、メロンパン食った奴のとなりで、ホッとしてるかもしれねぇな」
隼人が呟いた。
「えっ」
「死ぬ間際でも、多分、俺は悪者になる勇気がない奴で、食べた奴みてさ、あぁ、俺の変わりに背負ってくれてありがとう、お前のせいで世界が終わるって、ホッとしてる側の人間だな」
隼人は、我に返ったようにゲームを始めた。しばらくの沈黙が続く。田淵は、また考え込んでいた。
隼人が、口を開く。
「大半の人間が、食べる奴か、食べる奴を傍観してる人間だってことさ。漫画の主人公のように奇跡も起きなければ、魔法だって使えない。人間なんてそんなもんで、お前は普通だってことだよ。それが悪いことだなんて、誰が言える?」
隼人の目は真剣だ。
「どう生きるも死ぬも、お前の自由だ」
田淵は、その言葉にホッとしたのか、表情が少し和らいだ。
「あぁ、そんな話してたら、メロンパン食べたくなったな」
「いいね」
僕は立ち上がる。
「メロンパン食べたら、世界が終わるかも知れねぇな」
「それは困る」
田淵が、ようやく笑った。
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