雪のクリスタル
鐘が鳴る。街ではイルミネーションがきらめいていた。凍える手には力が入らない。見上げると、大きなクリスマスツリーが人間たちを見下ろしていた。ホワイトクリスマス。手のひらに落ちた雪は、すぐに解けて消えていった。
「行き場のない魂がみえるのですか」
振り返ると、メガネをかけた老人の男性が座り込んでいた。
「えぇ、あなたも?」
「はい」
その男と私だけ、この街の見え方が違う。これは運命だと、幼い頃から自分に言い聞かせてきた。
「この土地の守り神は、もうすぐ眠りにつきます」
「そうですか」
風が一瞬、私たちの前を通り過ぎた。道行く人たちが、少しだけざわめいた。
「また、多くの命が消えるのでしょうか」
「えぇ、そうかもしれません」
男の声はか細く、どうにもならない虚しさを飲み込んでいるようだった。
「行き場のない魂の浄化さえ、まだ終わっていないというのに…」
私は、街を見渡した。
「あなたは、お逃げなさい」
男は、私の意思を確認するように言った。
「逃げることなどできません」
私の言葉を聞くと、男の顔はホッとするように柔らかくなった。
「私たちは神でも悪魔でもない。人間たちを導く案内人です」
「えぇ。そうです」
「だから、自分を責めることはおやめなさい」
男は手を差し出した。
「この手は、何人もの魂を導きました。小さな女の子も、悪党も、善人も。あなたの手は、まだ美しい」
「私、導いた人間の数を忘れたくないんです。だからここに」
「ほう」
私は、男に両腕の数珠を見せた。数珠は、毎年増えていく。
「見上げてごらん」
空を見上げると、その日の雪は、クリスマスツリーの光にあてられ、まるで宝石のように煌めいて見えた。
「もうすぐ、明けるよ」
男はそういうと立ち上がる。私は深呼吸をした。
「運命だと、そう思うしかない。さぁ、僕たちの仕事を始めよう」
「はい」
街には、何も知らない幸せそうな声が、あちらこちらで聞こえている。私は、目を瞑り、その時を待った。
「どうか、安らかに」
大きな光りが、全身を包み込んでいく。私はぎゅっと数珠を握りしめていた。
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