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三途の川食堂

「いらっしゃい。空いてる席にお座りください」
 僕は、会釈して、窓際の席を選んだ。店内には、まばらに人が座っている。
「何にしますか?」
 メニューに目を落とす。
「おすすめは、チキン南蛮です」
「じゃあ、それで」
「はい、かしこまりました」

 店内は、クラッシックだろうか、優雅な音楽がかかっていた。窓から見える景色はない。外は暗いままだった。
「次の汽車は、何時頃かね」
「さぁ。さっきはいっぱいだったから。仕方ないわね」
「車掌さんも、臨時で出しているからって申し訳なさそうだった」
「困ったねぇ」
 斜め前に座る老夫婦は、フルコースを堪能しながら微笑んでいる。次が来るのは、一体何時ごろなのだろう。そんなことを考えていると、入り口のドアが開いた。

「飯を食わせろ!」
 突然、体の大きな男は、怒鳴り込んできた。
「お客様、落ち着いてください。順番にお呼びしますから」
「俺が一番だ。腹が減って仕方がねぇ」
 男の声に、店員は何食わぬ顔で、他の席のメニューを奪い取った。
「メニューを見せろ」
 メニューを奪われたのは、家族連れだった。若い夫婦も怯えた顔をしている。男児が声を上げて泣くと、男は「どうにかしろ」と罵倒した。

「お客様、オムライスはいかがでしょうか」
 奥から出てきたのは、支配人らしき人物だった。タキシードを着たその人物は、不思議と落ち着いて見えた。男は、差し出されたオムライスに目を丸くする。
「どうしてこれを」
「私たちは、お客様の食べたいものを提供するのが仕事ですから」
 男は、今までの威勢が嘘のように、涙を流しながらオムライスを口にしはじめる。
「同じ味だよ。また、これが食べられるなんて」

「お待たせしました」
 僕の前にも、チキン南蛮が届けられた。そこには小さなサラダががついている。うさぎの形になっているりんごは、サラダの皿を彩っていた。
「果物は嫌いだって言ったのに」
 僕の中にも、込み上げてくるものがあった。
「美味しい……」
 涙を流す僕を見て、支配人らしき人物が近づいてくる。
「奥様と会えるといいですね」
 僕は、頷いた。

「二番ホーム、汽車が参ります。お食事を終えた方から、どうぞ。慌てずに」
 駅員の声に、食事を終えた人々が席を立つ。
「飛行機じゃなくて、次は汽車なの?」
 先ほど泣いていた男児は、笑顔を取り戻していた。
「あぁ、そうだよ。次は、安全な旅路になるといいな」 
 男児と手を繋いで、若い夫婦は店を後にする。後ろを老夫婦が、ゆっくりと歩いていた。
「長旅になるかしら」
「どうだろうな。まぁ、時間はいっぱいあるさ」

 汽車が、汽笛を鳴らす。
「行ってらっしゃいませ」
 店員が頭を一斉に下げた。光に包まれた汽車は、ゆっくりと走り始める。
「あなた様は、まだ?」
「はい、僕はもうしばらくここで、妻を待ちます」
 タキシードの人物は、ごゆっくり、と頭を下げた。




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