『雪のひとひら』ポール・ギャリコ 感想
こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。
第一次世界大戦争を終え、イギリス全土のあらゆる方面で疲弊が見られました。経済の不安定さが激しく、アメリカへの依存度が高まるに合わせて、世界の指導者としての立場は移行されていきます。インフレ対策も上手くいかず、国民は貧しく苦しい生活を強いられます。その頼みの綱であったアメリカを発端とする世界恐慌が追い打つように波及して、イギリスでは暗い精神に包まれていきます。また、ドイツではナチスが台頭し、不穏な空気が国際情勢を包み始めます。
1936年、新国王となったエドワード八世は独身であったため王妃を迎える必要がありました。恋仲にあったウォリス・シンプソンは夫人であり、諸々の問題を抱えます。王室の反対にも気持ちを変えることはなく、むしろ強固に募らせ続け、遂には夫人の夫であるアーネスト・シンプソンへ離婚するよう強く求めます。頑なにウォリスと共になることを望んだエドワード八世は、イギリス国政を鑑みた首相スタンリー・ボールドウィンから最後通牒を渡されて、僅か325日間で退位させられます。この「王冠を賭けた恋」はイギリス中の話題をさらいました。
「金持ちで、いい男を見つけて結婚するのが夢なの」と常に語っていたウォリスは、遂に夢を叶えるに至ります。王室から離れてウィンザー公の称号を与えられた夫妻は、フランスへと亡命します。イギリス国内では批判の嵐であり、居心地も悪く、暖かく迎えられる場所のなかった夫妻はアドルフ・ヒトラーの甘言に傾きます。イギリス政府の反対を無視して、ドイツによる国賓の扱いに気分を良くして親交を深めていきます。
1939年にドイツがポーランドへ進軍して第二次世界大戦争が始まりますが、ウィンザー公はドイツとの和平をイギリス政府へ唱え続けます。この言動は国内の政治を混乱させるとして、首相ウィンストン・チャーチルは夫妻をイギリスの植民地であるバハマへ送り、ドイツから距離を置かせます。送られた先の原住民に対する差別的な言動や、戦時中にも関わらず高価な身なりでアメリカへ買い物に出かけるといった行動が、ますますイギリス国民を失望させます。そして遂には、連合国側の情報リークや、「ドイツが戦勝国となった暁には、ウィンザー公を再びイギリス国王としての地位を与える」という密約まで明るみになりました。
1940年から数ヶ月にわたって続けられたロンドンへのナチスによる激しい爆撃(ザ・ブリッツ)では、世界恐慌から戦時下も引き続き貧しい生活を過ごしていた四万人を死へと追いやりました。そして百万人ものイギリス国民が家を失い、数百万人が防空壕で暮らしました。この長期間にわたる空襲は、イギリス国民の心身を傷めつけ、生存者のその後の人生にも大きく影響を与えます。市民軍に加わった国民は傷つき、愛する人を失った遺族はやり場のない怒りと悲しみに苦しみ抜きます。
戦後、総選挙により選ばれた労働党クレメント・アトリーはイギリスの復興を目指す二つの大きな政策を打ち立てます。「ゆりかごから墓場まで」と言われる大福祉政策と、鉄道や資源などの基幹産業国有化です。甚大な被害を受けたイギリスの復興は、ここから始まりました。
ポール・ギャリコは、スペイン系イタリア人の父とオーストリア人の母のもと、ニューヨークで生まれました。十歳にして短篇小説を書き上げるほどの文才を持ちながら、抜群の運動神経でフットボールの名選手として活躍する文武両道の人でした。コロンビア大学へと進んだ彼は学業の傍らで執筆を続け、雑誌に掲載されるに至ります。その後、第一次世界大戦争勃発に合わせてアメリカ海軍予備隊へと志願しました。終戦後に復学し、卒業するとニューヨーク・デイリー・ニューズで記者として勤めます。持ち前の運動神経を活かして、スタープレーヤーたちへ文字通りの体当たり取材を試みます。ボクシング、野球など、実際に体感して身体に傷を作って書き上げる記事は、大衆に好評を博して人気ライターへと登りつめます。その忙しい最中でも、彼は執筆を続けて文学の道を歩み続けていました。
1936年、ハリウッドに作品を高額で買い上げられることになった彼は、この機に記者から作家へと転向します。手にした報酬でイギリス南西部にある港町デボンへと移住して、猫24匹とともに執筆活動に専念します。
訪れたイギリスでは「王冠を賭けた恋」の話題で持ちきりでした。そしてナチス・ドイツの不穏な動きと、世界恐慌の煽りとで、民衆の貧しさと不安が渦巻いていました。ドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦争が勃発して、イギリスとフランスはドイツへ宣戦布告をします。彼はイギリス空軍の従軍記者として戦争に参加します。
1941年、戦時中に書いた中篇小説「スノーグース」を出版します。戦時下における美しさを描いたファンタジーで、世界的な支持を受けオー・ヘンリー賞を受賞します。このベストセラーにより、ポール・ギャリコという作家を世に知らしめることになりました。その後も愛する猫を題材にした作品や恋愛物語、ノンフィクションや映画脚本まで幅広く執筆し、次々と成功を収めていきます。
本作『雪のひとひら』は1952年に出版されました。女性の一生を雪の一欠片に擬えて描いたファンタジー作品です。生まれ落ちて世界に出会い、伴侶を見つけて子に恵まれ、悲しみを負って、子の旅立ちを見送り孤独に戻る。多くの女性が人生で感じるであろう「精神的経験」を美しい描写とともに語られています。イギリスを覆い続けた陰鬱な空気は、「王冠を賭けた恋」や「世界恐慌」による貧困、戦時下の「ザ・ブリッツ」などにより、長い期間を包み続けました。これらは人間の欲と欲の激しい衝突が起因となっています。しかし、これらは社会全体に齎す不幸であり、簡単に解消できるものではありません。大衆は生きる意味を欲します。
人間はなぜ生を受けたのか、何のために生きるのか、どのように活力を見出すのか、幸せとは何か、美しさとは何か、愛とは何か、この作品では問い続けます。
「雪のひとひら」は感情を持ち、心を持っています。それは肉体から引き離して「精神」に焦点を当てて描かれています。世に生を受けた彼女は好奇心に溢れる目線で世界との出会いに感動します。そして苦難に出会うたびに「なぜこのような目に」と自問し始めます。幸せと苦難が交互に訪れ、その度に「何者か」へ問い、祈ります。祈りは神的存在へ手を伸ばす行為ですが、彼女自身は神を知りません。しかし、祈りが救いとなることを、もとい彼女自身の救いとなることを欲して望みます。
再び孤独となった彼女は「自己の存在意義」を自身へ問いかけます。何のための生なのか、何の意味があったのか。そう思い人生を振り返ると、そこには「愛」が溢れていました。心を占める愛の大きさ、大切さに気付き、その美しさに生の意味を見出します。そして世界との出会いや調和に、自身の生の意味を見つけ、無駄なものは何ひとつないことを悟ります。自己の存在が世界に影響し、世界が自己に影響を与える、何かに支えられて、何かを支えている。与えて与えられる世界の調和に、孤独を消し去り、意義を持つことになります。
元居た場所へと召される描写は輪廻転生の神性、信仰の清らかさが強く表れていて、読む者自身の心に照応させます。祈りは、人という存在から精神を膨らませて対象へと想いを伝えようとする行為です。神的存在へと向かわせる想いは、純粋な清らかさを帯びて自己の魂を浄化させていきます。本作『雪のひとひら』を読むと祈りを捧げたような読後感を覚え、自身の人生を自ずと振り返ることになります。
聖書において「雪」は、純粋性や清浄さを表現します。雪のひとひらは裸の魂として描かれ、人間の浅はかで醜い欲望を否定します。見つめ続けるべきもの、心を大きく占めている大切なもの、それが「愛」であると訴え、それこそが美しいものであると説いています。
詩的な幻想作品として執筆された『雪のひとひら』は、読む者の心を清らかに洗い流してくれます。生とは何か、人生の意味とは何か、悩むことがあれば、ぜひ本作を読んでみてください。
では。
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