クラスメイトのアイツ
どうやら先約があったらしい。
ため息しか出ない。誰だよ『先約』の相手…。そんなモヤモヤを抱きながら教室で待った。
高校1年の時のバレンタイン。仲が良かったクラスメイトのアイツに本命チョコを渡したくて、不器用なりに手作りチョコを準備した。
どうにか渡すだけでもできればいいや、と思いながら待ち続ける。でも、逃げ出したいー。
「お待たせ」
そう言いながらアイツはようやく教室に戻ってきた。
(ん?待てよ。ここで渡すのって、他の子にバレるか。今はやめよう)
「一緒に帰ろ〜!!」
と、すぐには渡さず帰ることを選択した。チョコの話には触れずに自転車で駅に向かう。自転車移動は約10分。その間、頭の中ではどうやって渡すか、なかなか決めきれずにいた。
電車に乗る方向、降りる駅までは一緒のルートだから、電車から降りるまでに行動しないと渡せない。
(電車を待つ時間が少しあるから、そのタイミングにしよう)
タイミングを決めた頃に駅に着く。
次の電車まで約10分。3人がけのベンチに2人で座り、たわいのない会話が続く。
(先約、誰だか知りたいけど聞けないし、告白できない…とはいえ、渡さなきゃ!)
「はいっ、バレンタインチョコ」
言葉にはできずに渡すだけで精一杯。
チョコと一緒に渡したメッセージカードに
「義理チョコじゃないよ」
一言しか書いてないのに。言葉に出せない。
またたわいのない会話を始めて、電車を待つ。電車に乗ってからも降りる駅にまでの5分、いつも通りの会話。
「じゃあね、バイバイ」
降りた駅でも、いつもと変わらない"バイバイ"だった。とりあえず渡せた。あとはアイツがメッセージカードに気づいてくれるか…。
数日後になって『先約』の相手が分かった。
隣のクラスの可愛くて性格も良い子。
バレンタインが終わってから、あの子がよく教室に来るようになっていたので不思議に思っていた。
「アイツ達、付き合い始めたんだって」
他のクラスメイトが、チョコを渡したアイツを指差して教えてくれたのだ。
「へぇーっ。そうなんだ。」
ー惨敗ー
勝負になるような相手ではないので、諦めるしかない。そう言い聞かせて過ごしていても、時々来る様子を見るたびにため息が出そうになっていた。
同時に、ホワイトデーの言葉がキライになった。アイツがあの子に渡す姿なんて見たくない。
そして、アイツとは仲の良いクラスメイトとして過ごすしかない、と決めた。
ホワイトデー当日は気にしないよう、普段通りに過ごす。
私には関係ないんだ。学校が終わったらすぐに帰ろう。
教科書・ノートをリュックにどんどん詰め込む。早く帰りたい。もう、バレンタインデーも思い出したくない。
「化学のノート貸して」
とアイツの声がした。化学の授業なんて、その日にはなかったのに。
「化学、今日なかったよ」
あー早く帰りたい!!と心の中で叫ぶ。ホワイトデーの日に限って、ノート貸してなんて言わないで…。
「だから、貸してって」
アイツは食い下がらない。仕方ない、さっさと貸して、明日返してもらおう。アイツの顔を見ずに忘れ物がないか机を覗きこみながらノートを渡す。
さて帰るか。
「ありがとう」
またアイツの声だ。振り返ると、化学のノートに何か挟まっている。
もしかして、ホワイトデーだから…?
ほかのクラスメイトに見られたくなくて、慌ててリュックに仕舞い込んだ。
帰宅後にこっそり開けてみたら、タオルが入っていた。メッセージカードはない。
あー、やっぱり片想いだったんだな。そう実感した。
学年が上がってから、アイツと隣のクラスの子は別れていたようだった。自分は仲の良いクラスメイトとして接していき、卒業後別々の道に進んだ。
県外の大学を選んだ自分。地元の大学に進学したアイツ。自分はアイツに連絡先を教えることなく、地元を離れた。
卒業して3ヶ月ほど経った日の夜、ベッドの上でゴロゴロしていたら知らない番号から電話が。とりあえず出てみる。
「もしもし…?」
「おー元気かー?」
アイツの声だった。元クラスメイトの誰かから番号を聞いたらしい。互いに近況報告をした。この日から、時々アイツから電話がかかってくるようになった。
「オレ車の免許取ったから、今度帰ってきたらドライブ行こう!」
「うん!年末に帰る予定だけど、どう?」
「じゃ、その日は映画観に行こう!」
かつての片想いの相手とドライブの約束。とはいえ、自分には付き合っている人がいるから恋愛としては見ることがない相手になっていた。
冬休みの時期になり、地元に帰った。
もちろん、ドライブの約束も果たすことも一つの目的に。
「よっ!久しぶり。変わってないなー」
約束の日は、ラフな私服姿のアイツが近所に迎えに来てくれた。
映画を観に行く予定が、ハンバーガーを食べに行っただけでたくさんお喋りしてしまい、あっという間に夕方。
(映画、もういいや。十分楽しいよ)
実家への移動中、アイツが
「この木の箱、覚えてる?」
車内に置かれていた箱を指差した。
その箱は、自分がバレンタインチョコを入れるために使ったラッピング用の木の箱だった。
「え!?覚えてるよ!!(義理チョコじゃなかったし)懐かしいね」
捨てずに使っていてくれたのだ。
高校1年の時の自分が知ったら嬉しいだろうな。
途中、海沿いの砂浜に立ち寄り、お互いの恋愛話をした。アイツは地元の子に片想いらしい。どんな子なんだろうか?可愛い子なんだろうな。応援するよ。アンタと自分は友達でしょ?
どんな子なのか勝手に想像しているうちに実家に着いた。
「じゃあな」
そう言ってアイツは帰っていった。
あの日から、アイツに会ったのはクラスの同窓会1回のみ。年賀状が宛先不明で戻ってきたタイミングで電話番号も変わっているようだった。
クラスメイトだったメンバーもアイツの連絡先は知らないし、アイツと同じ大学に進学したメンバーに聞いても大学内で見かけないと言われた。
今も元気にしているだろうか?
一つだけ聞きたかった
「なぜ、あの時の箱を車に置いてるの?」
とてもくだらないことだけど、小さな「?」がずっと心の中に残っている。
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