「自由」なウツボと「自由」な魚


ウツボがいた。そのウツボは小さい時から、奥底に沈んでいた小さなトンネルが大のお気に入りだった。餌は待っていれば目の前を横切るし、食に困ることもない。住処はここにずっといれば良い。なんと楽なことか。そう考え、ある程度大きくなってからはずっとそこにいた。小さい時こそ外の世界にも興味があり、住処の周りを冒険したりもしたもののそこまで大きな発見もなかった。それなら自分が落ち着く場所にいれば良いのではないか、という結論に至ったのだ。
しかし生活していくうちに(ウツボ本人からすれば大した問題ではないのだが)少しだけ困ったことが起きた。居心地が良いとずっとそこから出ずに生活していた結果、自分が成長しているのに気付かず抜けなくなってしまったのだ。抜けなくなってしまったといっても首を伸ばせばある程度の範囲には普段とほぼ変わらずに到達することができるし、餌の面で何も困ることはない。ただ外に出て周りを散策することができなくなったというだけだが、ウツボは長い間ここにいて、外の世界に出ようと思ったことは最近全くない。傍から見れば不自由に思われるかもしれないが、そのウツボからすれば普段と変わらない生活が続くだけで、現時点ではこれまでと全く変わらないのだ。ウツボ自身、この生活はそれはそれで自由だと思っている。寧ろ安定した生活、悠々自適な生活を遅れているわけなのだから、自分としては贅沢な暮らしをしている、とさえ思うわけだ。
そんなある日、一匹の魚がやって来た。割と大きいので、餌にはならない。やれやれ邪魔だな、何しに来たんだと怪訝な顔をした後、目を瞑った。
「あなたはそんなところで外にも出ず、一体何をやっているんですか?」
無視をしようと目を瞑ったまま無言を決め込んだが、その魚はそこからどく気配もないので、「見たら分かるだろ、ここで生活しているんだ」とだけ言った。
「なんで出ようとしないんですか?」
「それはこっちの勝手だろ。出る必要を感じないから出ないだけだ」
「それは出たことがないからですよ。僕と一緒に外に出てみませんか」
うるさいな、と思いながら、
「生憎、俺は体がはまってしまって、もうここから出られないんでね。まぁ俺の分まで楽しんでくれ」
と言い放った。その魚は残念そうな顔をし、
「それはお気の毒に…。あなたは『自由』がなんたるかを知らないまま、無情にも死んでしまうのですね。なんと哀しいことか…」
「自由ってのはそんなに良いものかね」
ウツボは苦笑した。
「それはそうです。私みたいに好きなところに行くとか、好きなように動けることが真の自由なのです。あなたのようにそこで留まっているのは自由とは程遠いものですよ」
ウツボは半ば呆れたような顔で、
「俺は何にも困ってないし、自分で自分のことを自由だと思っている。決めつけるのは失礼じゃないか?」
と言った。                               「いえいえ、だからそれは本当の自由じゃないんですよ。私はここからすぐそばにある海藻の元にもすぐ行けるし、行こうと思えばこの海の水面に顔も出すことができるんですよ。あなたはきっと海藻なんて知らないでしょうし、水面から見た景色も想像だにできないでしょう」
「だから、俺はそんなのに必要性を感じないからな。これが俺なりの自由の楽しみ方なんだが」
「あなたは全く分かっていません。自由がなんたるかを。自由を謳歌することの素晴らしさが。あぁ、可哀想だ可哀想だ。あなたが不憫で仕方ない。」
そう言って遠くへ泳いで行き見えなくなってしまった。ウツボはそれを見て何か物言いたげな顔をしていたがすぐにやめた。
その魚が見えなくなってから、彼は彼らが生活している水槽の中を見渡し、諦めにも似たような顔をしてから目を閉じ、彼のお気に入りの穴の中にまた入り込んでしまった。

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