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環境問題を解決するには

これは、とある惑星の話である。
この星(仮にK星としておこう)は深刻な環境問題で悩んでいた。原因は明らかである。以前から環境汚染や環境破壊を認識していたにも関わらず、自らの便利な生活を変えることを嫌がり、その結果環境問題取り返しのつかないところまで来てしまったのだ。事態の深刻さに気付き、現在かなりの頻度で首脳会談を開き、今後の方針について長く議論をしているものの、最早そんなものは焼け石に水。あとの祭り。首脳会談を開くためにもまた多くのエネルギーを使うため、首脳会談自体が環境問題の進行に拍車をかけるという皮肉な状態となっている。もともと温暖だった気候はすっかり変化し、平均気温は以前と比べて格段に上昇、もともと寒冷だった地方の雪も溶け、海面の水位は上昇した。居住区域に水を入れないようにするための堤防は今や異様なほどの高さとなり、毎日作業員が点検するほどのものとなっている。
K星にある、とある小さな国(これはA国としておく)である儀式が行われようとしていた。A国に古くから伝わる儀式である。何故環境問題であるにも関わらず悠長に儀式なんぞしているのか、と疑問に思うかもしれない。まずそこに至った経緯から話をしなければならないだろう。
A国には古くからある物語が語り継がれている。A国が誕生したのとほぼ同時期にA国に神様が降り立ち、A国の者と会話をしたという話だ。そしてA国の者に対しその神様が仰ったことには、この星の危機にこの儀式をすれば再びこの地に降り立つとされ、その危機を免れるための知恵、もしくは神様自身がK星のために何かをやってくださるというのだ。それだけを聞くと眉唾物のような話であるが、その伝承も信憑性が全くないわけではない。何故ならその当時の記録と思われる、その時の状況が細部にわたって書き込まれた書物が今尚厳重に保管されている場所があるからだ。しかし、その書物が書かれたであろう年からもう既に4000年ほど経っているためその書物を見た者はおらず、信じる者と信じない者半々といったところである。
この星の危機、つまりはこの国の危機に際し、儀式をして神様の力をお借りしよう、という案が出た当初、本当にこの儀式がそのような力を発揮するのか訝しむ声が大半を占め、否定的な声も少なくなかった。それはそうだろう、4000年も前というのは想像もつかない程の遠い昔であり、その時の文書を疑うのは当然である。しかしながらそうする他に手段がないのも紛れも無い事実だ。結局はA国の者たちは投票を募り、賛成多数という結果を踏まえその儀式を行うことを決定した。
A国の者たちは代表者5人を決めてその儀式をすることにし、儀式自体は彼らで内密に進められることとなった。神様を呼び出す神聖な儀式を、大々的に報道するのもどうかと思ったからである。そもそも目的は神様のお話を聞いてもらうことなのだから、変なことをして神様の機嫌を損ねてしまえば元も子もない。彼らは準備段階に取り掛かった。まずは儀式について書かれている書物を保管場所から慎重に取り出し、儀式の仕方について調べるところから始めた。4000年も経っているため解読に時間がかかると思われたが意外に保存状態は良く、その時どのような状況だったか、また神様を呼び出す儀式の方法、そのために用意するもの、どのような呪文を唱えるのかまで事細かく書かれており、儀式について把握すること自体はそれほど苦労しなかった。寧ろ彼らが驚いたのは用意する物の方であり、A国原産の、特定の植物(B草としておく)を燃やすことが重要となると書かれていたことだった。何故ならB草は燃やすと異常なほどの激臭がすることで有名だったからだ。しかし背に腹はかえられぬ。彼らはその植物を燃やすことを決心し、着々と儀式のための用意を進めていった。
文書には神様に出会った場所の言及もなされており、少し都市部から離れた、小高い丘になっている所だった。彼らがそこに直接行って視察したところ、その場所には丁度、誰が建てたか分からないものの何かの建物が存在していたような跡があり、折角あるのだからこの土台を利用してしまおう、と彼らはそれを利用し、石や木で簡素な建物を作った。彼らはそこに儀式のために用意した物を持ち込んで設置し、本番を迎えた。
 そして今に至る訳である。代表者のうちの1人が火を焚き、B草をその中に入れて呪文を読み始めた。みるみるうちに吐き気を催すほどの激臭が建物の中を包み込んだ。植物を焼き10分ほど経ち、その中にいる全員が一刻も早くここから抜け出したい、もはや精神の限界だ、としか考えられなくなった頃、焼かれた白い煙に黒い人影のようなものが見えた。その黒い影はどんどんと濃くなり、同時にガサガサ、という音が数秒流れ、咳払いのような音がした。そしてその陰から
「儂を呼んだか」
という声が聞こえた。少し嗄れた、我々がまさしく「老賢者」と言われて想像するような声である。呪文を唱えていた者も含め、全員がギョッとしたような、驚いた面持ちになった。それもそのはずである、誰も神様が現れるなどということは期待していたものの全員が疑いの目を向けたのだから。その建物にいた者たちは全員固まってしまった。すると煙に映る影(神様、と思われる者)が、
「儂を呼んだということは、何かそちらの星に危機が訪れているということだと思うのだが、今のそちらの状況はどうなっているのかね」
と尋ねた。
一瞬の沈黙の後、呪文を唱えていた者が少し上ずった声で「は、はい」と答えた。
「そうか。では、どんな状況か、少し教えてくれないか」
「は、はい、実は…」
今の状況に困惑しつつも、代表者の1人がそう話し始めた時、後ろから「ひとつだけ、質問があるのですけれど」という声が聞こえた。この中で最も若い、20代前半の男だ。
「なんだ」
「あの…私たちは貴方のことを神様と呼んでいますが、貴方は神様なんですか?…神様だとすればどこの神様なんでしょうか…」
少しだけ沈黙が流れる。
「バカ、お前その質問で神様が機嫌損ねていなくなったらどうすんだよ!」
と、隣にいた40代くらいの男が少し焦ったように彼に対し小声で怒った。
「うん、まぁそれに答えても良いが、今そこまで大事なことかね?」
と「神様」は答え、
質問した男は「…いえ」とうなだれた。
「そうだろう、さて、改めてそっちの今の状況を聞かせてくれ」
呪文を唱えていた者が代表し、頭を悩ませている環境問題について述べた。
「そうか、それは酷いな」
「神様」は言い、続けて
「君らはこの星をどうしてほしいんだ?」
と尋ねた。再び代表者の一人がその問いに対して答える。
「可能であれば、昔のような過ごしやすかった気候に戻して欲しいのです。私たちはこれまでの反省を踏まえ、同じ過ちは繰り返さぬよう努力しますから」
「そうか、この間も環境問題で呼び出された気がするのだが…まぁ、信頼しよう。ただ、この前呼び出された時とはまた状況が違うな。かなり深刻な状況みたいだから少し荒療治も必要で、時間もそれなりにかかりそうだが、それでも平気か?」
今までに一度、この「神様」を呼び出したことがあるのか、と一同がその事実に少し驚いた表情を見せたが、彼は話を続けた。
「それでこの星が救われるのなら、是非お願いします。私たちはこの星を大事にしていかなければなりませんから」
「そうかそうか、そこまで大切に自分の星のことを思っているのだな。それなら多少の犠牲は仕方ないな」
「神様」は満足げにそう言った。
「ここから先は私がやるから任せておきなさい。何かこの星に再び危機が訪れた時には、また私を呼べば良い」
それを言うと煙から影が消え、パチパチと火が燃える音が聞こえるだけになっていた。彼らは呆然としており、何か夢を見ていたような、そんな心持ちのようだった。彼らの共通の疑問は、神様はなんとかすると言っていたが、本当に何かするのだろうか、そんな魔法のようなことが可能なのだろうかということだった。全員がその場からじっと動かず沈黙を守っていたが、その沈黙も長くは続かなかった。ドーン、という地鳴りのような大きな音が鳴り響いたのだ。
何が起こったのだ、と外へ出た瞬間熱波が彼らを襲った。大きな隕石がK星を直撃したのだ。


***


これはまた、別の惑星の話。
この星(仮にJ星と名付けよう)には人間とは違う、どちらかというと恐竜のような姿をした種族が住んでいる。この星は基本的に荒野が広がっているのだが、ここに住む種族がこの星の一部を改良し、自分たちが住む場所と全く手をつけていない場所をはっきりと分けている。生活区域と自然区域の両立を図っているのか、それともこれ以上生活区域を大きくする気がないのか。詳しいことは分からない。もしかすると大きくできない事情があるのかもしれない。区域自体はそれほど大きくなく、自転車で20分もあれば端から端へ行けてしまうような面積しかない。しかしその場所自体は非常に発展しているようだ。周りが荒野のような地域であるから多少の砂埃はあるものの、ビルが計算されたようにピッシリと等間隔に並び、道路はしっかりと舗装され、路面電車らしきものも走っている。人通り(種族が違うので「人」という言葉を使うのもおかしいが)はそれほど多くないが、不自由なく暮らしているようだ。
その中の1つの建物の中で、二匹が話をしている。
「そういえば、この間星を作ったとか言ってたが、それはどうなったんだ」
「あれか、この間連絡が入っていたからコンタクトをとってこっちがいいようにやるって言っといたよ」
「何があったんだ?」
「環境を破壊しすぎたから元に戻して欲しいんだとさ」
「なんだか虫のいい話のような気もするけどな。勝手に自分たちが壊したんだろう?」
「まぁまぁ、向こうも反省しているみたいだったし、もう少し様子を見てみても良いんじゃないか、と言ったところだ。これからの向こうの心がけ次第だね」
「そういえば向こうから連絡が来たのもつい最近じゃなかったか?よくそんな自分の星を酷いようにできるなと思うが」
「それはあの星に住む種族の特性だろう。こっちが言って直るもんじゃないんだから、とやかく言っても変わらないと思うが」
「まぁいい、それで、お前は奴らのために何をしたんだ?」
「まぁ、自分が想定しているよりも深刻な状況だったから、とりあえずその星に隕石を2、3個打ち込んどいた。これでまたその星もリセットされる。少しばかり辛い思いはすると思うが、まぁ少し待てばまた植物も生えてくるだろうし、そのうち元に戻るだろう。リセットされる過程で何か不具合が起きればその星を作った責任を持って俺ががなんとか面倒を見るさ」
「俺らと奴らの耐久力とか寿命のことは考慮しなかったのか?隕石ともなればで奴等は全部滅んじゃうんじゃないのか」
一瞬、沈黙の時間が流れた。
「…考えていなかったな、まぁ俺がそうしなくとも環境の悪化で遅かれ早かれ滅びていたさ。特に問題ない。所詮あの種族も大きな宇宙に比べればほんの小さい生き物の1つだ」
「それを言ってしまうと話が終わってしまうんだがな…なんだか、お前はあの星の種族に対してあんまり思い入れがなさそうだな」
はは、と笑った後、少しばかり神妙な顔つきになり「少しばかり愚痴を言って良いか」と言い、言葉を続けた。
「本来、俺はもともと電話なりそういった通話できるような類いのものを置いて、何かあればすぐ連絡するようにしたかったんだ。なのに奴らはそういうよくわからないものを置くのはやめろと言い放ちやがった。じゃあ連絡手段をどうするのだというと何時間もかけて儀式をすると言いやがる。それを聞いて俺は困ったものの、その国には丁度燃やすと酷い臭いのする植物があったから、その臭気を利用した、特定の条件を満たせば俺の元に連絡が来るような設定をしておいた。しかしその情報、手順を書いた最新式のボードも、自分たちが自分たちで作ったもので書くからいらないという。結局お互いが苦労する羽目になってるんだぞ、自分たちのやり方を大事にすると言って結局新しいものを受け入れる器がないだけじゃないか。何か便利なものがあれば新しいものに行くのは当然だろう」
「自分らで全部やりたいんだろう、それはそれで微笑ましいことじゃないか?お前結構あの種族に腹が立ってたんだな」
「微笑ましいもんか、自分たちの中では効率どうこうを求めるくせに新しい技術とかそういうのに関しては抵抗があるのか知らないが避けてばっかりで非効率なことばかりしてるんだから」
「最近はまた違ってくるのかもしれないぜ、今回そういうことは聞いたか?新しい技術があるがお前らに必要か、とか」
「いや、聞いてない。でもどうせ変わらないだろう。だって奴らの本質は前と全く変わってないんだぜ。種族の数を増やそうと言っているのに戦争をするし、全員が豊かになろうというのにみんな富を独り占めしようとしているところとか、今回問題になっている環境問題も、全員の協力が必要だと気付いた時にはもう手遅れというね。まぁ滅んでもこちらに何も被害はないわけだから、こちらからすれば滅んでくれて何の問題もないわけだが」
あぁ、そうだ言いたいことはまだある、と言って話を続けた。
「そもそも俺のことを神様と呼んでいるが、俺は最初自分は神様じゃないって言ったんだ、なのにだ、そんなことはない、そんなことができるのは神様くらいだ、私たちの知っている神様はそんな口調で話さないとか言われて結局変声器を使う羽目になったし、口調も変えて喋らなきゃいけなくなった、面倒臭いことこの上ない」
「そうか、伝えたことを受け入れてくれなかったのか。そりゃ確かに困ったもんだな」
「だろ、だから正直なところ、彼らがどうなろうが俺にとっては別にどうでも良いんだ。暇潰しのつもりで始めたつもりだったが、そんな軽い気持ちでするんじゃなかった」
「まぁほどほどで良いんじゃないか、自分たちは奴らが言うような神様じゃないし。とりあえずまた気が向いた頃にまたその星の様子を見ればいいさ」
「あぁ、それが良いな」
そこで少しの時間会話が途切れた後、片方が
「なぁ、神様っていると思うか?」
と聞いた。
「さぁ、俺はそんなこと知ったこっちゃないさ。結局神様がいるにしろいないにしろ、結局神様ってのは良い意味でも悪い意味でも何もしないのさ。俺にとっちゃそんな会話はあまりにも非生産的だよ」
「…それもそうだな」
そこから少し時間が経ち、彼らは建物を出てそれぞれの家へと向かった。
その街には、まだ砂埃が舞っていた。

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