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【沖縄県】南大東島 島ナース・下地さんが語る離島医療の魅力~生活の中の医療を経験して自分が成長できる場所~◆Vol.2 #file4

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【沖縄県】南大東島 島ナース・下地さんが語る離島医療の魅力~生活の中の医療を経験して自分が成長できる場所~◆Vol.1 #file4の続きとなります。ぜひVol.1をご覧になってからこちらの記事をお読みください。
Vol.2は下記のリンクからご覧になれます↓


自分ができなかったら誰もできない

----離島医療の経験が下地さんにもたらしたメリットはありますか?

「1番大きいのは、責任。私=看護師が1人、先生が1人で、”自分しかいない”という責任が病院の何倍もあったんですよね。でも、その分、”自分ができなかったら誰もできない”というのがあって、学ぶことに対する姿勢だとか、相手を理解しようとする姿勢は影響を受けました。『先生がなぜそういうふうに言ったのか』といったことの話合いの仕方、折り合いの付け方を学んだり、お互いの役割を再確認といったことができました。先生とぶつかることももちろんありますけど、先生と2人しか医療者はいないので。
 あと、大きな病院だと物品が沢山あるので特に困ったことはなかったのですけど、離島では限られた資源の中で最大限の力を発揮する必要があるので、そういった応用力はすごく成長できたかなと思います。

 そして、管理。1人しかいないので薬剤とか物品の管理とかも全部看護師の仕事なんですよ。例えば、台風の時期になったらちょっと物を増やしておこう、とか。自然との付き合い方や環境を踏まえて対応する力、工夫する力というのがとても身に付いたと思います。
 
 私はそれまで本島の病院でずっと働いていたのですが、病院の中だけにいたら見れなかったことが色々とわかりました。その1つに行政の人たちとの関わりがあって、島の医療がどのように成り立っているのか、守られているのか、住民にとって大切なのかということが感じれられて、病院の中にいたら絶対感じることができなかったなと思います。

 あと医療に関わる多職種、専門職とそうではない人たちも沢山いますけれど、そういう人たちの役割への理解が深まったと思います。検査の業務とかも自分でやらないといけないので、『検査技師さんってこんな大変なことしてたんだ』とか。掃除も自分でやらないといけないので、『掃除のおばちゃん、本当にありがとう』とか(笑)。そういうところから『みんなが健康でいてくれてありがとう』と感じました。」

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「医療者、そして非医療者を巻き込んで解決しよう」

離島医療に携わる中で、離島の住民の方々の雰囲気が垣間見えるエピソードを2つ紹介いただきました。

----離島医療を行う中で強くやりがいを感じたエピソードはありますか?

島で看取る

「まず1つ目は独居の女性の患者さんを看取った経験です。70歳ぐらいの元から慢性腎不全がある患者さんで、少しこだわりが強い方だったんですよ。周りの島の人からも『あの人変わってる』と言われていて。元々沖縄本島出身の方だったのですが、色々訳あって来て40~50年でこちらでの暮らしの方が長いという方でした。患者さんのご自宅は診療所から車で10~15分と少し遠くかったです。ご自宅までの道も獣道のようで暗くて夜行くには危ない道で…。

 その方が『自分はこの島もずっとここで住んできたから、ここで死にたい』と言ったのです。疎遠とは言え沖縄本島に娘さんとお孫さんがいて、年に1、2回の病院受診の時は付き添いや送り迎えをしてくれるぐらいの人ではあったのですが、ほとんど連絡を取らないようでした。役場や社会福祉協議会の人たちも、家族関係が疎遠というのは分かっていました。だから、お家で1人で亡くなられたら困るから『この人は家族いるんだから、家族のところに戻した方がいいんじゃないか』とか、でもある人は『この人ずっと長い間ここに住んできて、ここで亡くなりたいって言ってるんだから、ここの方がいいんじゃないか』とか…。関係者の中でもやはり意見の食い違いがあったのです。

 透析をする一歩手前となるような腎不全後期の方で、私がいる間に亡くなるのかなとは思っていました。だから、”亡くなる”といった話題を本人が振ってきた時に『どうしたいんですか』と聞きながら関わってきた患者さんでした。でも、いざとなって関係者同士もうまく折り合いがつかない時があり、その時にみんなで話し合う場をセッティングしました。その結果、関係者の人たちも『ここで看取ろう』ということになり、その後からの関係者の協力が凄かったのです。

 『お家に戻した方がいい。沖縄本島に行かせた方がいいよ』と言っていた役場の人も『じゃあ、ご自宅は遠いから社協の1室の空いてるところで過ごしてもらおうか』と言ってくれて、『ええ、意外にやるじゃん』と思いました(笑)。私ではない方がご家族に連絡して来てもらう手配をやってくれたりもして、患者さんの価値観や、意見、意向をみんなで共有すると、そうやって独居の人でも島で看取れるんだなと感じました。

 結局その話し合いの1週間後に亡くなったのですが、その間にご家族にも会えて、最期まで自分で歩いてトイレも行って、この関係者みんなに看取られて亡くなったんです。最期に私と喋った際に『お願いだから初7日までここに居させて』と言われて…。『ちょっとそれ私の独断ができないから、家族に言ってね』とお伝えしました(笑)。こうやって私や先生、診療所ではない、周りの人たちが『こうやったらいいんじゃない』、『自分1人で心配だから見回り所を作ろう』と相談して、みんなで独居の女性を看取れたというのはとてもやりがいを感じたエピソードです。」

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”医療が関わらなくても良い”生活へ

「もう1つはアルコール・ケトアシドーシス*の高齢男性の患者さんのことです。その方は実はアルコール依存症で、周りからも『どうしようもないな』と見られていた人でした。目をつけていたと言うのは変ですけれども、スーパーの人から『あの人めっちゃ缶チューハイ買っていくよ、めっちゃ酒飲んでるよ』とか、私に報告があるんですよね。私もそのことを保健師さんに伝えて、私自身もご自宅に様子を見に行ったりして、週1回もいかない頻度でしたが時々会っていた方でした。
 
 その方が足が痛いと夜中に来院されたんです。ただ、こちらはその時ちょうど急病人の対応をしているところで、それどころではないという状況でした。ひとまずi-STATという簡易の血液ガス検査ができる装置があるのですが、それでこの患者さんの血液を測定したところ、エラーになって…。やたらはあはあしてるなと思い、もう1回測定したところpHが7を切っていて『ちょっと、やばいやん⁉』となりました。それまでも散々、『アルコールやめた方がいいよ』と言ったり、アルコール外来に誘ってみたりとかしてはいたのですけど、うまくできなくて…。
 
 結局この方はCV(中心静脈カテーテル)を入れてヘリコプター搬送しました。元気になって戻ってきた際には、『先生、下地さん、この間はありがとうな』と言いに来てくれましたね。ただ、私が『本当だよね。お酒あんまり飲んじゃダメだよね』という話をする前に、昔からこの患者さんを気にかけていた方(社長)に『俺のところで働かせようと思うんだ』と言われました。その後、この社長のところで真面目にサトウキビ、カボチャなどの農作業を一生懸命やるようになって、お酒もアルコール依存症は毎晩飲み明かしてフラフラしたのがウソみたいにちゃんと仕事にも行くようになったそうです。そうやって職場の上司の人が対応してくれたおかげで、『あ、別に医療が関わらなくても良くなった』という感じになりました。

 大東島での2年間の赴任が終わった後、私は島ナースとして沖縄の離島16カ所を回っている中でも南大東島に行きました。その際にとても大きなトラックに乗ってるこの患者さんに『下地さん!』と声をかけられました。『何してるんですか?』ときいたら、『俺、ごみの収集の仕事してるんだ』と言っていました。ゴミの収集は毎日あって運転もしてるので、もうお酒も飲まないのだそうです。飲んでもちゃんと量を計って飲んでいると言っていました。だから、もう通院もしていないけれど、普通に元気になっているんですよ。そういうのを見ると、”私のこと覚えててくれたんだ”というのもあるし、ひどい時のことを知っているから地域で自立して生活しているのが見れてすごく嬉しかったです。
 あとはスーパーの人からも『あの人すごいよ、もうお酒買いに来ないよ』と伝えられました。『毎日ちゃんとね、清掃来てるから大丈夫だよ。あんたたちのおかげだね』と言われて、すごく大変だったけど良かったなと思ったエピソードです。」

※アルコール・ケトアシドーシスとは・・・アルコールの大量摂取と飢餓状態に伴う代謝異常で、血液が酸性になりすぎた状態


----1人の患者さんに対して、「医療者、そして非医療者を巻き込んで解決しよう」という団結力がすごいですね。沖縄の離島というのはみんなそういう風土をもっているのでしょうか?

「独居の女性について言うと、そういった風土を持っている島、独居の方を看取っているところは沢山あるので、私がいた南大東島だけには限らないと思います。私が独居の方を南大東島で看取ることができるのではないかと思ったのは、実は何年か前にも独居ではないけれど、この島で患者さんに看取ったことがあるというのを知っていたからです。”上手くいけばできるのではないか”という変な確信と、患者さんがすごくこだわりが強かったので”絶対曲げないな、援護射撃すればできるのではないか”といった気持ちもありました(笑)。
 島ごとに関係者の団結力などは少し違うと思いますが、本島から遠いというのも関係があると思います。私の行った南大東島は船で10時間、飛行機で1時間ぐらいかかるので、やはりどうしてもアクセスが難しいですが、実は火葬場があるのですよ。火葬場があると、こう言っては変ですが”ここでも看取れるんじゃないか”という雰囲気にはなると思います。火葬場がないと、家族が大変だから沖縄本島に行かないといけない、という考えになるので。」

----「火葬場」がポイントというのは初めて知って驚きました!

「個人的にですよ(笑)。
 火葬場のない島にも代替看護師として行ったことあります。そこで急に患者さんが亡くなった時は救急車の中で冷房効かせて、しかもフェリーが出なかったので2晩ぐらい、行政の人と駐在さんがついて見たということもありました。火葬場があるとそこに安置したりもできますし、島での看取りを後押ししてくれる1つになるのかな、と個人的には思います。」

次回は下地さんが現在行われていること、これから必要だと感じていることについてご紹介します。

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この記事を書いた人

すずき

 すずきはるえ  修士課程2年
東京都出身。現在は臨床検査技師として長野県の病院で働きながら社会人大学院生として奮闘中。
臨床検査技師は医師や看護師と比べて、将来的に機械やAIにとって変わられる職業と言われている中で、これからの臨床検査技師の役割を模索している。将来の夢は職種や地域間の間をつなぐことができる医療人になること。

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