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楽しいは創るもの

文字だけでイメージをして、それを具現化する。想像と妄想が好きだった私にとってそれは時間を忘れるくらい没頭できるものだった。その一つの形が、学生の頃やっていた舞台活動だ。自作で脚本を書き、仲間と稽古をして上演する。朝、バイトに行き、学校で授業を受け、その後、稽古をする。その後に、呑みに出かけて他愛もない話をする。終電を逃したこともしばしば。そして、少し眠りにつき、また起きてバイトへ行く。今考えるとよく体調も崩さずやっていたなぁと思うが、好きなことへの執着心だけは凄かった。今、学生から社会人となり、作品を創ることもない。初めはそんな生活できないと思っていたが、人間は案外、環境の変化に柔軟な生き物で、今となっては舞台活動していた頃には戻れないと思う。今は今で十分幸せだから。でも、今ステイホーム時代になって、あれこれ考えることが増えた。少しだけ、ほんの少しだけ、もう一度、想像の世界に帰ってみようと思う。

「その枠には何を埋めるんだい?」

男がひとり大きな枠の前に立っている。ペンを握りしめて。そこへ女が通りがかり言う「ねぇ、あなたには何が見えているの?」男は「何が見えていると思う?」「わからないわ。」「白さ。」「白?」「ああ、白。」「それなら、私にも見えているわ。そう言うことじゃなくて・・・」「一緒さ。つまり、何も見えていないんだ。わかるかい?ここに大きなキャンバスがあるってのに、何もない。僕には、この白以外何も見えていないんだ。」女は黙ってしまう。男はただただ枠の前に立ってペンを握りしめている。「・・・ないんだ。」「え?」「ないんだよ。ワクが。」「あるじゃない。枠。」「違うよ。沸くもの。ワクワクすることさ。ここの前に立ってみても、自分がどうしたいのかがわからないんだ。昔はたくさんあったんだ。ワクワクが。でも今は、何を埋めたらいいのか。」「そう。じゃあ、探してみたらどう?そこにないなら、ないのよ。だってそうでしょう?答えがない問題はないわ。」女は男の手を取り、枠の周りを廻る。男は、誘われるがままに動くが、とうとう手を離す。「ダメだ、それ以上廻ったら平衡感覚を失うよ。」「ずいぶん、だらしがないのね。」「だらしが有る無いの問題じゃないよ。」「だらしがあるって何よ。」男は、座り込んでしまう。すると、ふとペンがないことに気が付く。「僕のペンがない。」男は、枠の周りをまた廻り始める。ぐるぐるぐる。女は外から見ていたが、思わず吹き出してしまった。「なんだい?」「だって、おかしくって。そんなぐるぐる廻ったってないものはないわ。少し離れて見てみたらどう?」男は自分で考えて答える余裕もなくフラフラになりながら女の発する言葉の通りに離れて見てみることにした。女は、枠を見つめて立ち止まっている。男も枠に目を向けると、ペンが枠の下の方に刺さって立っていた。男と女は目を合わせて笑い始めた。「ねぇ、あなたには何が見えているの?」「何が見えていると思う?」「わからないわ。」「この枠に埋まるものだよ。」




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