見出し画像

【本文は無料で読めます】発散的思考や内発的動機づけに働きかける「学習ゲーム」、自分でも作っちゃいました!

1.精神科リハビリテーションにおける「発散的思考」と「内発的動機づけ」


 今日の精神科医療では、単に精神症状が改善することだけでなく、患者様の社会生活機能の改善と、パーソナル・リカバリーの実現を視野に入れた働きかけが重視されています。

 ここで問題になるのは、精神症状の改善が、そのまま社会生活機能の改善に直接つながるとはいえない、ということです。統合失調症の治療を例にすれば、非定型抗精神病薬の開発により、陰性症状を含めた精神症状の改善はずいぶん達せられているように感じられる一方で、患者様の社会復帰・社会参加の進展は、道半ばという状況と言わざるを得ません。

 偏見の存在など、社会的な要因はさておき、症状や機能障害の観点から、患者様の社会生活機能の改善やリカバリーに影響を与える要因は、何なのでしょうか。

 陽性症状や陰性症状と呼ばれる精神症状の背景に、(神経)認知機能障害の存在を指摘する意見は、古くからありました。加えて最近では、社会的認知の機能障害が注目されています。一部の神経発達症における「心の理論(ToM)」などは良く知られますが、統合失調症に特有の認知バイアス(「結論への飛躍」など)の存在も指摘され、うつ病の悲観的認知の背景となる認知バイアス(原因帰属の偏り)も強く示唆されています。

 これらの社会的認知の障害が、社会的な問題解決を妨げ、その結果社会生活機能が損なわれる、というモデルが考えられるのですが、社会的問題解決への「発散的思考」の関与を指摘する立場があります(池淵、中込、池澤ら 2012)。

 発散的思考とは、さまざまな解がありうる状況での思考の発散性・流暢性を指す言葉です。例えば、統合失調症患者様(の、割と多数派)では、SSTで社会的スキルの学習を進める時、SSTグループ内では割と機能しているように見える方でも、実際の生活場面では学んだスキルが発動できない、といった状況に陥ることがあります。SSTグループ内では、グループメンバー(他患)がいろいろアドバイスしてくれる(ことにより、当該患者様の発散的思考の障害を補ってくれる)のですが、グループ外では、必要な場面で必要なスキルの発動に至る思考のプロセス(いろいろな対処可能性をあげてみる)が断絶してしまうのですね。これは、発散的思考の障害の影響を良く表す例だと思います。

 さらには、社会機能の回復に至るプロセスに、「内発的動機づけ」の関与を指摘する立場があります(根本、水野 2011)。内発的動機づけというのは、俗にいう「やる気」です。従来、陰性症状の一部と考えられていた(引き続きそう考えても矛盾はないのですが)発動性の障害を取り出し、これが改善すると、社会生活の満足度(QOL)が上がり、より患者様の社会参加が進んでいく、と考えるわけです。

2.発散的思考や内発的動機づけに働きかける際の“ジレンマ”


 患者様の社会生活を視野に入れた治療やリハビリテーションにおいて、発散的思考や内発的動機づけが大事なのだ、と確認できたとして、それらに効果的に働きかけるには、どうしたらいいのでしょう。ここである種の“ジレンマ”を感じたことがある方が、いらっしゃるのではないでしょうか。

 私は長年、精神科デイケアで、精神疾患を持つ患者様のリハビリテーションに携わってきました。デイケアでは伝統的に、患者様の主体性を重視し、患者様が楽しめるような活動種目を取り入れ治療を進めます。行う活動の選択に、患者様の意見や希望を取り入れていく(そのこと自体が、何らかの動機づけにつながっていくことを期待する)のです。ところが、そこで起こることは、患者様が希望される活動が「飲食」や「ゲーム」など、欲求充足的で受け身な活動に、どんどん偏っていくのです。患者様の動機づけを促すために計らっている(患者様の希望を聞く)はずが、その結果、治療活動がどんどん平板化していくのですね。これは参った、と思いました。

3.「学習ゲーム」素材との出会い


 そんな時に出会ったのが「ペーパーチャレラン」といわれる「学習ゲーム」素材でした。教育現場で児童のやる気を高め学習効果を最大化する工夫として作られたゲーム形式の素材が、精神科領域でも活用されている(舩渡川、根本、武士 2013)というのです。

 「ペーパーチャレラン」は、概ね“迷路”を一定のルールで辿り報酬を得る、という形式(論文に掲載されていた例は、迷路の中にじゃんけんの拳がちりばめられており、一筆書きの要領でグー・チョキ・パー…の順に辿っていく、というもの)を持ちます。迷路の辿り方の可能性はほぼ無限であるので、発散的思考を活用し“自分なりの”経路を探索することができるのです。自分でもやってみたのですが、これがまた楽しい。デイケアの治療プログラムに取り入れ、患者様とともに行ってもみたのですが、患者様の食いつきも抜群でした。毎週のように、数か月間続けた成果として、患者様が活動に集中できる時間が圧倒的に伸び(体感としては“ほぼ倍”)たり、それまで電卓を使えなかった患者様が、電卓の使い方を覚えた(何らかの学習が促された)り、意欲や活気が増したり、ということが見出されました。

 それ以来、私はこの「学習ゲーム」にドはまり(笑)し、オリジナルを自分でも制作するようになりました。その一部を、ここに公開するものです。よろしければ、皆様の臨床現場でご活用ください。

 どなたでも楽しんでいただけるよう工夫しておりますので、ぜひ皆さんもご一緒にどうぞ。

4.お願いとご注意


 ご紹介した「ペーパーチャレラン」は、書籍として販売されているものですが、その一部はインターネット上に無料で公開されてもいます(検索するとすぐ出てきます)。私が作成したものは、オリジナル課題の自作の手間への対価として、有料での公開としています。

 少しずつですが、今でも新作を作っています。初期の手間は大きいのですが、作り続けていると、同じひな形を使い回せるので、コストは減っていきます。最初は高めの料金設定で申し訳ないのですが、続編(続編があるんです!)ではディスカウントできると思います。悪しからずご了承ください。

5.有料部分の内容


・学習ゲーム素材(問題と解き方、A4サイズ両面)2題
・楽しみ方(実施方法)のご案内

引用文献


舩渡川智之、根本隆洋、武士清昭ほか 2013 デイケア施設を活用した包括的早期介入の試み:イルボスコ 精神神経学雑誌115(2) pp.154-159.

池淵恵美、中込和幸、池澤聰ほか 2012 統合失調症の社会的認知:脳科学と心理社会的介入の架橋を目指して 精神神経学雑誌114(5) pp.489-507.

根本隆洋、水野雅文 2011 自発性の改善と社会機能の回復 精神神経学雑誌113(4) pp.374-379.


ここから先は

0字 / 3ファイル

¥ 250

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?