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春、愁う。【創作一句】
春は、あまり好きじゃない。
去年までのそれとは明らかに違う倦怠感。学校に行かなくなってから一年経ち、あの時にはまた違う渦巻いた何かが、僕を足元から呑み込もうとしている。
赤く色づいた蕾が徐々に枝を覆い始めていく。もうすぐ満面の空がピンクに染まるのだろう。しかし僕の中には、蕾のカケラすら見当たらない。
家にいても暇なので、手当たり次第本を読んだ。廊下に並んだ父の本棚にあるものは江戸川乱歩を始めとしたミステリーものばかりだが、どれも時間潰しにちょうど良かった。頭の中を文字で埋め尽くし本の世界にトリップすることで、僕はかろうじて僕を保つことができる。
家の本を読み尽くすと、今後は本屋に出かけるのが楽しみになった。平日の昼だというのに街をうろつく僕を気に掛ける奴など誰一人いない。学校に行かせるのをようやく諦めた母は、次々本を買うことに何一つ文句を言わない。
その日、とある本を衝動買いした。本を守る猫の話だ。スポットライトを浴びる主人公と猫が、あちら側とこちら側で向かい合うイラストが印象的。帯に書いていった「21世紀版、銀河鉄道の夜!」というキャッチフレーズが僕を呼んでいるようだった。
本は知識であり、世界を広げるものだ。
僕はここにいれば決して傷つくことなく、その足で歩くことなく、必要な経験値を得ることができる。そう思っていた。
しかしそれは、実際何一つ世界を広げてなどいない。
ー主人公は確かに僕のようだった。本の世界に閉じこもり現実を見ようとしない。そんな主人公に、猫がこう語りかける。お前の力が必要なんだ。どうか助けてくれ。と。閉じ込められた本を助けるために必要だったのは、本を心から愛する主人公の心。本と寄り添うことで得た、豊かな感情。相手を理解し、思いやる心だ。
たしかに本は僕を無条件で受け入れてくれる。励まし、ともに涙してくれる。そこには確かな存在である僕がいて、常に本が寄り添ってくれる。本の心が確実にそこに在る。
しかし。
彼らは、僕の代わりに僕の道を歩いてくれるわけではない。いざ現実に戻るとたった一人。どこに歩いていいのかもわからなくなる。僕は一歩も踏み出すことができなくて、また次の本を手にすることになるんだ。
どうしたら、人の心を知れるのだろう?
ざわめく教室に入れば皆が僕を笑っているように聞こえる。休み時間に本を読んでいると後ろから小突いてくる奴の気持ちなんて、わからないしわかりたくもない。雑踏にいると耳を塞いで全力でその場から逃げたくなる。僕はもう学校で息をすることさえできなくなった。
だから僕は、本の世界に逃げた。
そう簡単にすぐには歩くことなどできない。
理論で感情を語り尽くすことはできない。
人の心なんて全部わからなくていい。
誰かがいってたことなんて、
真実ではないかもしれない。
最適解は自分で見つけるものだ。
本の中に答えは落ちていない。
答えは自分で見つけるものだ。
いやそもそも、正解なんてないのかもしれない。
僕が歩いた道が正解だと、いつか胸を張れることができるだろうか。
本を閉じて畳の上に寝転がる。天井の埃かぶった蛍光灯が僕を見遣る。夕暮れ時、蛍光灯はまだ付かない。僕はその蛍光灯の向こうに広がる本の世界へ旅に出る。無数の言葉の海が否応なく僕を攫い、沈んでいく。さらに深く深く、その先へ。いっそこのまま揺蕩っていられたのなら。
季節は想いを映す。
景色が曇って見えるのなら、
僕の心にまだ春がやって来ていないのだろう。
来年の今頃、満開の桜を待ち望めるような僕になっているだろうか。
僕はまだ、銀河鉄道に乗ったままだ。
春愁付かないままの蛍光灯
いつか春の陽灯らん夢を
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⬇️こちらの本の読書感想文的なストーリーです。事実とはあまり関係ありません。
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