芥川龍之介『クッキークリッカー蜘蛛の糸』
一
ある日の事でございます。御釈迦様は 大クッキーを Fantasteel mouse でカチカチとクリックしていらっしゃいました。生産施設 は Farm から Javascript Console まで解放し最後の一つを残すばかりとなり、すべての生産施設は 二倍から八倍までの アップデート を施され、何とも云えないクッキーの好い匂いが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。
やがて御釈迦様は Portal のふちに御佇みになって、ふと下の容子を御覧になりました。この極楽の Portal の下は、丁度 Bingo center / Research facility の底に当って居りますから、Factory や Wizard tower が丁度 Grandma の覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。
するとその Factory の底に、カンダタと云う男が一人、ほかの Clickadict と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。このカンダタと云う男は、Grandma に One mind を適用したり、Communal brainsweep を適用したり、 何度も Revoke Elder Covenant を使用した Clickadict でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が Garden で Baker's wheat と Gildmillet の交配を試みておりますと、小さな Wrinkler が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこでカンダタは早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、CpS のあるものに違いない。その CpS を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその Wrinkler を殺さずに助けてやったからでございます。
御釈迦様は CpS の容子を御覧になりながら、カンダタには Wrinkler を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るなら、この男を購入地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、Heavenly cookie stand 上に、極楽の Shiny Wrinkler が一匹、美しい白磁のように佇んで居ます。御釈迦様はその Shiny Wrinkler をそっと御手に御取りになって、Milk の波間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。
二
こちらは地獄の底の Factory で、ほかの Clickadict と一しょに、地道に大クッキーを Iron mouse でクリックしていたカンダタでございます。次の 生産施設 の表示はまっ暗で、何しろ CpS を見ても、 生産施設 開放までは三桁は足らず、たまにその暗からぼんやり浮き上っている RC があると思いクリックしますと、それは Clot でございますから、その心細さと云ったらございません。
ここへ落ちて来るほどの人間は sugar lumps の成長の遅さに疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。ですからさすがのカンダタも、やはり何となく安価な Cursor を増やしてみたり stock market のグラフを睨め付けたり、無策の中、ただもがいてばかり居りました。
ところがある時の事でございます。何気なくカンダタが頭を挙げて、Prism の空を眺めますと、その Solar flare の中を、遠い遠い天上から Shiny Wrinkler が、まるで人目にかかるのを恐れるように、細く光りながら、するすると自分の 大クッキー の上へ垂れて参るのではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を拍って喜びました。
Wrinkler を 大クッキー に取り憑かせますと CpS を五厘も減少させてしまうのでございますが、Wrinkler を潰す際に取り憑かせていた時間の減少分に上乗せして一割のクッキーが戻ってくるため、ゆくゆくは黒字計上となるのでございます。さらに Shiny Wrinkler は特別でして、戻ってくるクッキーは通常の Wrinkler の三倍でございますから、きっと Fractal engine の購入地獄から抜け出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、Idleverse を購入することさえも出来ましょう。
こう思いましたから、カンダタは朝から夜までしっかりと Shiny Wrinkler を 大クッキー に取り憑かせて放置することにしました。同時に Pantheon の Jade slot に Cyclius を捧げることも忘れませんでした。Cyclius は朝九時から夜九時の間、 CpS を 緩やかながら最大で一分五厘まで上昇させるのでございました。
加えて、カンダタは Wrinkler を潰す直前に Skruuia を Diamond slot に捧げて Shiny Wrinkler が吐き出す CpS にさらに一割五分を上乗せする計画も立てておりました。元より Clickadict のカンダタの事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
しかし、いくら焦って見た所で、容易に CpS はたまりません。カンダタもくたびれて、定期に表示される RC を何とは無しにクリック致しました。ほとんどは Clot でございましたが、時折、Cookie chain や Click frenzy が発動することもございました。
これを見たカンダタに妙案が浮かびました。時折表示される RC をクリックする前に Grimoire の Force the hand of Fate を発動させ効果を重ねるのでございます。カンダタは RC を待ち、Force the hand of Fate の充填完了とともに発動を重ねました。ほとんどお互いの効果は無関係か打ち消し合い無意味でしたが、何十回目かの発動で幸運がカンダタに訪れたのでございました。カンダタは Cookie Clicker を始めて何年にも出した事のない声で「しめた。しめた。」と笑いました。
カンダタが笑ったのは RC と GC の発動が Cookie storm と Winning streak だったためでございました。 Cookie storm は画面上の不規則な場所に七秒間大量の RCが出現する効果で、クリックした RC は 普段の六十から四百二十倍 の CpS を生み出し、Winning streak は Chancemaker の所有数に応じて CpS の基本に何十倍かの倍率を掛けました。CpS の総計は普段の千倍、いえ文字通り万倍以上になる予測でございました。
カンダタは、ブラウザサイズを最小限まで小さくして不規則に表示される Cookie storm を最小の動きで連打して行きました。タイマーアイコンが半分を過ぎたあたりで、ふと気がつきますと、数限りもない Clickadict たちが、まるで Gramdma の行列のように、一心に自身の Cookie storm をクリックしようと迫り来るではございませんか。
カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦のように大きな口を開いたまま、画面も見ずクリックして居りました。三桁も四桁も足りない クッキー がどうしてあれだけの人数で分け合う事が出来ましょう。今の中にどうかしなければ、ascend など夢のまた夢に違いありません。そこでカンダタは大きな声を出して、「こら、Clickadict ども。この Cookie storm はおれのものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、クリックしようとしてきた。」と喚めきました。
その途端でございます。今まで何ともなかった Shiny Wrinkler が、急に、Ruin! と音を立てて潰れました。ですからカンダタもたまりません。
Idleverse を目前にしながらも、夜を待たずに Shiny Wrinkler を潰してしまいました。後には通常の倍率で吐き出された大量の、けれど二桁足りない クッキー がきらきらと細く光りながら、月も星もない Prism の空の中途に、束の間輝いているばかりでございます。
三
御釈迦様は極楽の Portal のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがてカンダタが Pantheon のすべての Worship を失い、再充填まで十五時間と御知りになさりますと、悲しそうな御顔をなさりながら、またカチカチと Elder frenzy をクリックし始めました。
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、カンダタはブラウザサイズを小さくしすぎたため、小さい画面で誤って Shiny Wrinkler を潰してしまった上に、 Pantheon の Diamond slot に Skruuia ではなく Holobore を捧げてしまっていました。Holobore は 全体の CpS を一割五分も底上げする効果でしたが、一度でも GC や RCをクリックするとすべての Worship を失うのでございます。カンダタがすべての Worship を失ったのはこうした不注意からでした。
そうしてその心相当な罰をうけて、元の Factory へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。しかし極楽の 大クッキー は、少しもそんな事には頓着致しません。大クッキー のまわりには、幾百の Cursor がゆらゆら御手を動かして、何とも云えない好い匂りが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽ももう昼に近くなったのでございましょう。
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