見出し画像

3000万円貯めたいお客様

これはまだ私が入社して3ヶ月の頃に起こった話だ。

私はその日会社の先輩(女性)とランチを終え事務所の中で談笑をしていた。
すると突然、

「3000万貯めるのって難しいよねぇ!?^0^

という叫び声が事務所内に突如として広がった。

(・・・なんだ?)
と驚きながら辺りを見渡すと、小柄の割に肉付きが良く、髪の毛は両サイドにだけあり、チェックシャツにジーパンという出で立ちの中年らしき男が一人、手ぶらでニヤニヤしながら店の入り口で仁王立ちしていた。

(え?今あの人が叫んだのかな?お客さん・・・か?)

一瞬周りを見渡してみたが他には叫んだらしき人物も見当たらなかった為、あまり状況が飲み込めないままに「いらっしゃいませ〜」と喉の奥から声を絞り出し、立ち上がって男のいる方へ近寄ろうとすると男は再び

「ねぇ!!3000万貯めるのって難しくない!?!?」

と、先程の倍の声量で叫んできた。
よく見たら目も血走っている。

(えー・・・。この距離でめっちゃ大声ー。っというかもう目が血走ってるしギンギンじゃんやばいなぁ、どう対応しよう・・・)

私は近寄る足を止めて思わずその場に立ち尽くしてしまった。
なぜなら、私の体が「もうこいつに近寄ってはいけない」と全身で拒否信号を出していたからだ。

自慢じゃ無いが私はこれまで幾度となく変人に絡まれて生きてきている。
横断歩道を渡っているとすれ違いざまに耳元でゲップをかけられたり、繁華街を歩いているとおっさんが猛スピードで自転車を漕ぎながら私を追い越し、振り返りながらFUCKYOUポーズをしてきたり(しかもぐるっと一周してきたのか2回追い越して2回とも同じことをしてきた)、都内の券売機で切符を買おうとお金を入れた瞬間体当たりをされ券売機を奪われたり・・・なんて事もあった。
まだまだあるが(いつかその話も書ければと思っている)、そういった経験により私は対象となる人物が変人なのかそうで無いのかを一瞬にして見分けられる能力が身についていた。そんな私の体が拒否信号を出している。こいつは完全にOUTだ。

本来ならこういった場合女性スタッフではなく男性スタッフが代わりに出てくれることになっているのだが、この時はたまたま男性スタッフ全員がランチに出てしまっていて社内には私と先輩の二人だけだった。

(あ〜とりあえずご用件はって聞くか・・・)

と思った瞬間、

「ね〜聞いてるぅ〜!?難しいよねってば!?!?!?!?!?3000万ってそんなに簡単に貯まるぅ!?!?!?!?!?

と追い討ちをかけてきた。一歩ずつ行進もしてきている。非常にまずい・・・
すると後ろの方から

「売買の物件をお探しでしょうか?」

と、唯一事務所内に居た先輩が私に代わり男に声をかけ出した。

「はぁ!?物件???ちっげ〜よ!3000万貯められるかって聞いてんのぉ〜!!」

また一歩、大きく近づいてきた。

先輩「はい、ですから売買物件を購入する為の資金相談でしょうか?」

「ちがうってばー!!外に貼り紙してるでしょう!?3000万円とか5000万円とかのさ〜!!でもそれってそんなに簡単に貯まるわけぇ!?無理だよね!?!?3000万なんて実際貯まらないよね〜!?」

先輩「・・・」

「こーんなお金無理じゃなぁい!?ふ、ふちゅうに考えてさ〜!!貯まる前にっフフッ(笑)し、死んじゃうよギャボーーーーーー!!!!ww」

ここ一番の爆声を挙げ、私の目と鼻の先で大笑いをし始めた。

(そうか。この男は店の入り口に張り出してある売買物件の募集情報が記載されている広告を見て、その金額のあまりのデカさに一言物申しに入店してきただけなんだ。物件を探しにきたわけでも資金相談をしたいわけでも無い。ただただ聞きたくて衝動的に飛び込んできただけなんだ。)

軽く耳鳴りがする頭の中では冷静に判断できたが、この先どう展開させ、男に納得してもらい、素直に帰ってもらえるのかはまるで思いつかなかった。
すると先輩は冷静に

「あ〜私達は賃貸の者なので分かりかねます。担当は売買の者となりますが、全員外出していて今対応出来る者がおりません、申し訳ありません。」

と男の血走った目を見据えて淡々と伝えると、男は

「・・・んニャロメ〜いッ!!!!」

と何やら訳のわからないことを言って帰っていった。

しばらく男の姿を目で追い(また戻ってこないか怖かったので)、確実に去ったであろう事を確認してすぐさま

私「先輩凄いですね!!あの勢いと声量に全然物怖じせず対応されるなんて!!私怖くて途中足がすくんじゃうし何も喋れなくなっちゃうしで本当にすみませんでした・・・。」

と言うと、先輩は

「RIPOちゃん、あーいう時はどんな輩でも敢えてしっかり目を見返して、ご用件は何でしょうか?って感じでゆっくり慌てず冷静に受け答えすんのよ。そうすると向こうは自分のペースに出来ないからね。そしたらそのうちあっちも冷静になるわよ?女ってだけで弱いと思って調子乗ってくる奴もいるから、堂々とした振る舞いをすると結構怯むものなのよ。」

と教えてくれた。

私「でも・・・実際怖く無いんですか?いきなりあんなに大声で叫ばれて・・・しかも3000万3000万って。何のこと言っているのか最初わけわからんし男性スタッフもいないなんて正直焦りませんか?」

先輩「全然怖く無いわよ〜(笑)あんなのよりもっと凄いのいーっぱいお客さんとしてくるから(笑)」

そう笑顔で答える先輩の顔に私はゾッとしたことを今でも忘れない。
そして、この時の発言が本当だったことを私は今実感しているのだった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?