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「お札の端」の行方

29歳。
華やかな世界だと思って転職した東京のレコード会社は、リーマンショックであっけなく潰れ、私は北海道の実家に帰ってきた。

地元でも何かしら仕事があるだろうとたかをくくっていたら、どこにも引っかからない。そんな日が続き、父も母も心配している。安定していたスーパーの社員を辞めてまで東京に行ったのに、このざまだ。情けない。

このままではいけないと思いやることに決めたのが、Twitterを使った札幌の情報発信。とはいえ、当然フォロアーは0。周りでTwitterをやっていた人もほぼいない。勝算なんてもちろんない。だけど毎日投稿をしていた。暗闇に向かってボールを投げては吸い込まれる、そんな感覚だった。

その後インターネット生中継をはじめ、月曜日に自分の「番組」をつくってみたら、ジャンルも様々な面白い人が集まってきてくれた。それをはじめてまだ1、2回だった頃、テレビ局のディレクターに声をかけられた。

彼は元々友人の友人で遠い仲間みたいな感じではあったが、朝方にSkypeでつながってその時がはじめまして。画面の向こうから挨拶もそこそこに彼は、

「ドキュメンタリー番組で密着させてもらっていいですか」

と私に伝えた。
そこから1ヶ月半程、ディレクターとカメラが私を追いかけた。

長い取材期間が終わり、無事に放送を見届けた。
ある日、いつものように実家にいた私に、普段ほとんど話しかけてこない祖父が声をかけた。

「亮太。いま立派なことやってるんだね。ドキュメンタリー番組みたよ。」

甲子園が大好きだった祖父は、その局をみていたらふと流れたドキュメンタリー番組の中に私を見つけた。驚いた。寡黙な祖父だったが「立派」と言ってくれていた。祖父にそんなこと言われたのは生まれてはじめてだった。

その後も、実家の電話が鳴り、母方の親戚から久しぶりに連絡があった。亮太ががんばってるんだねと、母に言っていたそうだ。どこかしら母も誇らしげだった。

そして私は忙しくなった。

違うテレビ局からも密着取材の依頼が来た。放送の終盤で自分が狸小路を疾走する映像に、サカナクションの音楽が乗っていた。

前に放送されたドキュメンタリー番組は全国放送になるらしい。東京渋谷のホテルを取ってもらい、スタジオに生出演した。出演する前にメイクをしてもらった。

仕事の問い合わせが来はじめた。「一緒にメディアミックスをやりませんか」なんて問い合わせは想定していなかった。

WEB媒体から連絡が来た。見てください、という原稿には「新進気鋭のプロデューサー」と書いてあった。

新聞にも大きく載った。「〇〇を検討する委員になりませんか」という問い合わせが来たが、その時はその重要性のかけらも理解していなかった。

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今でもドキュメンタリー番組の取材最後の日のことを覚えている。

場所は毎週月曜日に通って自分の番組を行っていた、札幌大通にある雑居ビルの6FにあったオルタナティブスペースOYOYO。

慣れない取材の毎日に疲れ果てていた私は、その日真っ赤な目をしていた。
取材してもらえるなんてそんな有難い話はなかったが、一か月半の密着がこんなに消耗するものだと思っていなかった。

自分の番組を終え、ロビーにいた私にディレクターが問いかける。カメラとライトがこちらを向く。あ、これが最後の質問かと直感したが、フラフラしてうまく言えたのか言えなかったのかわからないコメントをし、取材が終わった。

「お疲れさまでした。」「ありがとうございました。」
その後も当たりさわりのないやり取りが続いたが、その終わり際だった。
ディレクターはまっすぐな目をして私に言った。

「服部さん、お札の端っこでいいから踏んでおいてください。」

きょとんとした私は「どういう意味ですか」と返したが、彼はこう続けた。

「服部さん、食えるようになってください。お札全部でなくてもいいから、端っこだけでもいいから踏んでいてください。この番組はそのきっかけにしてください。」

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あれから10年が経った。
かつて取材してもらった局から「勉強会の講師をしてほしい」と相談があった。もちろん喜んで引き受けた。

私は、北海道の各地でがんばっている方々の様子を伝えた。その方々は、昔のドキュメンタリー番組に映る私の前後の年齢だ。局の中ではその後紆余曲折あったようだが、今となっては北海道の人を紹介するコーナーが増えたように感じる。

また違う勉強会に呼ばれた時、こんな質問をされた。

「服部さん、北海道のこれからに期待していることってなんですか?」

だから。「人です。」と答えている。
きっと誰かが、また誰かの、新たなきっかけをつくると信じて。

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