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桜でも梅でも「大差ない!!」寛容な精神が幸福度を上げる?

ベトナムの方とご一緒する機会があって、ベトナムの方の寛容さに救われることがありました。もしかしたら日本人は選びすぎなんじゃないのかなと思うことがあったので、記していこうと思います。

婚約指輪が欲しいベトナムの方がいたのですが、プロポーズする日も決まっていて婚約指輪が欲しいと宝石店に入りました。でも最近は婚約指輪を宝飾店自体あまり扱っていないみたいで在庫がなかったのです。違う店に行こうとしたら、「当店でお客様のご希望の婚約指輪をお探しいたしますか?」とか言ってきたから正直探してまではと思ったけど、ベトナム男性は「はい」といって探してもらうことになりました。DMでやり取りすることになったのですが、2時間後にそのお店からDMが来ました。

内容は、以下の通りだったと思います。

婚約指輪はどこのメーカーを探してもない。あったとしても予算の中では見つからなかった。ダイヤモンドの価格が上昇している。しかし、昔からの付き合いの業者に昔仕入れた婚約指輪があってそれならご予算内で出せるとのこと。その場合お支払いは先払いとなる。画像を添付するから画像で判断してくれ。とのこと。

何十万もする婚約指輪を画像で見て判断するとか正直日本人の感覚ではないなと感じていました。見せられた画像もブレブレでようやくデザインがわかる程度でこの画像で判断しろとか正直無理。実物見ないと。だって小さなお金じゃないし、選びたいし、違う店行けばいいじゃん。と真横で思っていたのに「これにする」とかいってこれってもう決めちゃう男前な一面を見せていたのですが正直日本人の私としてはおもてなしを受けて当然だと思っているし、お金を払うのだからお金以上の価値のあるサービスじゃないと買わないぞって気持ちがあるのですよ。

だけど、隣の男の人は「これでいい」とのこと。もしかして、日本人は細かいことにこだわりすぎてて前に進めないんじゃないのかと思わざる負えなかったです。こだわりが少ない方があっさりしていて、とても生きやすいんじゃないだろうか?とさえ思いました。あっさり決めた。なんでだ。

ここで思い出すのは綿矢りさの「パッキパキ北京」の一セリフで主人公のアヤメのご主人が中国でタクシーに乗ってきれいな花を見かけてタクシードライバーに聞く場面。

「ドライバーさん、この花は桜かな、梅かな。どちらでしょう?」

「大差ない!!!」

このシーンでは日本人の繊細さを表しており、情緒を感じさせる花の種類などを知りたいという欲求が言葉に表れていますよね。しかし、中国人のタクシードライバーはその花が桜でも梅でも「大差ない!」というのです。咲いている花なら特に差がないんだから桜であろうが梅であろうが大差ない!問題にするんじゃない!という勢いづいた回答をするのです。

これは、中国人がみんなそうということではなく、中国の方の中でも種類を聞く方もいらっしゃると思うのですが、問題はそこではなく、大差ないものに日本人は細かく指摘しているのではないか?ということを気づかさせられます。

日本人の注文は細かい。唐揚げにレモンとか、婚約指輪に小さなダイヤモンドが入っている入っていない、デザインがどうの、接客態度がどうのよくよく問題を作っている人種なんだと感じます。

もしかしたら、こだわりの逸品を買う買い物よりも、大差ない!といってほしいものを買ってしまう勢いがある方が物欲によって得られる幸福度も人生の幸福度も高いのかもしれません。

人間は特に寛容であればあるほど幸福度が増していくのではないだろうかと疑いながらも感じさせる出来事でした。

ではでは~。

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