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予想外の「推し」の優勝 ウィンブルドン2022 #1

 ほとんど誰も予想しなかった選手が優勝した今年のウィンブルドン女子シングルス。でも彼女は私のイチオシだったのです。(今年4月の記事で控えめに紹介しています)

長身のショットメイカー

 冒頭の写真で、ヴィーナス・ローズウォーター・ディッシュという名の優勝皿を低めに掲げているのが「テニス界のオードリー(ヘップバーン)」と呼ばれている(呼んでいるのは多分私だけ)カザフスタンイレナ・リバキナ、23歳。やや背中を丸め、長い手足を折りたたんだ低い姿勢から伸びやかに打ち抜くストロークが彼女の魅力で、長身(184cm)からのサーブも強力な武器です。しかし今大会ではドロップショットやアングルショットなど「チェンジオブペース」が随所に見られ、躍進の鍵になったように思います。

 私は以前から、打つたびにクルクル揺れるポニーテールにキュンキュンしながら注目していたのですが、ここ一番で力を発揮できずビッグタイトルに縁がありませんでした。(東京オリンピックもそうでした)しかし今回はなんと大会前ランキング23位からの優勝です。優勝の2,000ポイント獲得したらトップ10入りするかも!?と思いきや、今年のウィンブルドンはランキングポイントがつかないのです!でも賞金はビッグです。(前回6月16日の記事参照)

カザフスタンって知ってます?

 カスピ海の東側に広がる国土の面積は日本の7倍!旧ソ連の国ではロシアに次ぐ広さです。人口は1,900万人、国語はカザフ語(公用語はロシア語)、イスラム教が70.2%でロシア正教が26.3%、石油や天然ガスなどの資源豊富な国です。(外務省データより)

「資源マネー」でしょうか?なんかすごそうですね…

記者会見での二つの話題 

 ところが彼女の生まれはモスクワで、モスクワのクラブでジュニア時代を過ごし、両親は今もモスクワに住んでいるそうです。前回書いた通り、今大会はロシアとベラルーシの選手は出場を認められていません。そのことから、記者会見では「国籍」についてかなりしつこく質問されていました。つまり、ロシアにベースを置いているのになぜカザフスタン国籍で選手活動をしているのか?ということだと思います。これに対して彼女は「私は国ではなくむしろツアーにベースを置いている。ソロヴァキアで練習することもあればデュバイでトレーニングすることもある。それにもうすでに長い期間カザフスタン代表としてフェドカップやオリンピックも戦ってきた(要約)」と返していました。
 さらには「ロシア選手に対して何か思うところはないか?」など、ちょっと意地悪だなぁと感じるような質問もありましたが、彼女は少しうんざりもしながら当たり障りなく受け流していたように見えました。このような質問は日本人の記者やライターからはなかなか出てこないもので、「せっかくの勝利に水を差すような質問をしていったい何になるのか」とほとんどの日本人は思うかもしれません。しかし、記者(メディア)と取材対象(選手)というのは、別にいがみ合う必要はありませんが、仲良くしすぎてもいけないと思うのです。定かではありませんが、このようなちょっと厳しめの質問はスポーツメディア以外の、例えばNYタイムズなどの記者から出ていたように思います。大坂さんの一件があったからといってこれらの記者達は別に萎縮はしてないようです。

ラケットはヨネックス、ウェアはアディダス

 さてもう一つの話題は、私も常々気になっていたことです。リバキナはプレー中も、勝っても、負けても「静か」なのです。たとえスーパーショットを放って相手のサーブをブレイクしたとしても決して「C'mon!!」などと叫んだりしません。黙って控えめにガッツポーズを作るだけです。これは今では珍しいタイプです。男子では錦織くんもそうでしたね。下のリンクは準々決勝でのベストショット集です。地味なアクションに注目しながら観てください👇

 会見でもこのことについての質問が何度も聞かれました。「あなたは勝利が決まった瞬間でさえとても静かですが、心の中はどんな感じだったんですか?」フルセットで逆転勝ちした準々決勝後の会見でこう尋ねたのはテニスライターの内田暁氏でした。「私は元々おとなしい人で、あまり感情を表に出さないの。もちろん心の中では感情があふれてるわ。でも明日も試合があるんだから、今日のことは忘れて明日の準備に集中したいんです。」とイレナが答えたので、私はこうなったら彼女が優勝した時(次の日はもう試合がない)のリアクションが見てみたい!と思ったのです。そしたらなんと優勝してしまったではないですか。
 はたして”氷のようにクールな”イレナが優勝の瞬間に見せたアクションは・・・・・いつもと同じ、控えめなガッツポーズのみでした。ぇー⁉あなた優勝ですよ!しかもウィンブルドンですよ!普通はピョンピョン飛び跳ねたり、コートに寝っ転がったりして勝利を噛みしめるもんですけどね。でもイレナはやっぱりいつもと同じでした。対戦相手との握手もいたって普通。ハグもなければビズー(ほっぺをちょんちょんとくっつけるやつ)もなし。はぁ~。でもそれがイレナ・リバキナという選手なのでした。

静寂の女王、唯一の感情表現

 ところがです。優勝会見である記者が、「あなたの両親はこの優勝をどう思うと思いますか?」というような質問をした際、「きっと誇りに思ってくれると…」と言いかけて、一瞬言葉を詰まらせたのです。エ?と思って彼女の顔を見ると、涙に潤んだ瞳、手で顔を覆いながらしばし沈黙。会場も息を呑んで見守っていると…一言、「ほら、”感情”が見たかったんでしょ」と。一転、会見場はドッと笑いに包まれました。私も思わず吹き出しながらうるうるしてしまいました。彼女の琴線に触れる話題は「親」だったようです。思えばそこまでの会見でも、アメリカの大学進学(彼女は勉強も優秀で実際いくつもオファーが来ていた)を勧める親に対し、反対を押してプロ転向を選んだことなどを話していたのでした。

何故か試合より感動した瞬間

決勝の相手は…

 私は第一シードのイガ・シュヴィオンテク(ポーランド)が3回戦で敗れた後は、もうこの人が優勝するだろうなと思っていました。”幸せ担当大臣”ことオンス・ジャバ―(チュニジア)です。

表情もテニスも、いつも楽しそうです

 今回の女子シングルス決勝はいくつかの「初」がつきました。前述のイレナはカザフスタン初のメジャー大会決勝進出、このオンスはアラブ初、北アフリカ初のメジャー大会決勝進出。そして決勝を戦う二人共が初のメジャー大会決勝だという状況はオープン化以降は初めてだそうです。このジャバ―という選手については去年のウィンブルドンの記事で紹介しています👇

 見返してみると、去年のこの大会でジャバ―とリバキナは同じ選手に敗れています。リバキナは4回戦で、ジャバ―は準々決勝で。その相手とはベラルーシアリナ・サバレンカです。そして前述の通り、サバレンカは今回出場を許されませんでした。なんとも不思議な巡りあわせです。

 さて、イレナの成長と好調は認めるものの、オンスもなかなかパワーのある選手です。ずんぐりした体型ですが、その体重をボールに預けるように打ってくるので圧力は相当なものだと思います。動きも決してのろくはなく、読みもいいし、何よりも器用です。彼女のドロップショットは単なるゲームのアクセントではなく相手が恐れる武器になっている感すらあります。そして勝負度胸と観客を味方につけるキャラクターです。今回はアラビア語の応援がセンターコートで聞かれるようにもなったとか。ですので優勝はオンスで決まりだなと私は考えていました。

様々な言語で応援の声が飛ぶ

 それでも今回はイレナの強力なショットがオンスの”上手さ”を上回った形で勝負は決しました。数字を見ても、凡ミス(Unfoeced Errors)はオンスの方が9個少ないのに、決め球(Winners)はイレナが12個多い。テニスというスポーツは基本的にディフェンスの競技で、凡ミスの少ない選手が勝利を手にする確率が高いのです。しかし、今回はイレナが「打ち勝った」のでした。

日本人選手の話題は…

 さて、書きたいネタは色々ありますが最後にします。今回日本人はいたのでしょうか?日本人女子で唯一2回戦に進んだのがなんと、わが京都の島津製作所"ブレイカーズ"所属、本玉真唯(ほんたま まい)さんです。

ウィンブルドンの本戦に何人も日本人女子が入っていた時代を知っていますか?

ランキング139位の22歳です。予選3試合を勝ち抜いての本戦入りは立派です。そして実は本戦の1回戦は相手の途中棄権で勝利しての2回戦でした。予選決勝後のインタビューが動画で観れましたが、スポンサーの担当者を即席の通訳として呼び寄せて、さほど難しくない型通りの質問に通訳を通して答える様はなんとも幼く感じました。英語なんて多少間違ってもいいからこれからはどんどん自ら言葉を発してほしいなと思いました。京都から応援しています。

 この記事を書きながらちらちら男子シングルスの決勝(ライブスコア)を見ていたら、ジョコヴィッチが優勝しました!いい気分です。これが次回の記事になるでしょう。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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