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また草食べた人 ウィンブルドン#5(最終回)

我々は今、男子テニスというスポーツの特別な時代を目撃しています。そして今回、ジョコヴィッチの優勝でその特別な時代が美しく完成したと私は考えています。それはつまり何というか・・・今回の記事はいつにも増して詰まらないかも知れません。

テニスで最も価値のあるもの

私は知らないスポーツに触れるときは、まずその競技で選手にとって最も価値のあることは何なのか?を詳しい人に訊いたりします。それを知らないことにはその競技に関するニュースの価値も分からないし選手の意気込みなども実感が湧かないと感じるからです。ではテニスの世界で最も価値のあることは何でしょうか?以前にも書きましたので繰り返しになってしまいますが念のため。

1番は4大大会(全豪・全仏・全英・全米)です。4つともそれぞれに略称があるのでそこがたまにわかりにくいかも知れません。プロ選手にとって何が重要かは言うまでもなく、賞金ランキングポイントです。この2つはどちらが上ということはありません。テニスの大会はほとんどがトーナメントなので、負けたら終了です。ですからいきなり強い選手と当たらないためにはシードされなければいけません。シードは世界ランク順に決まるのでランキングポイントは最重要であり、大きな大会で勝つほどたくさんポイントが加算されます。そして勝ち上がるほどに賞金は高くなるので賞金総額も最重要です。

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ということは4大大会は賞金総額も、もらえるランキングポイントも最高峰なのです。(ちなみに本戦は1回戦で負けても500万円弱くらいの賞金が入ります)

テニス選手にとって五輪は重要か?

つまりテニス選手は4大大会にピークを合わせたい。するとその前に開催される前哨戦にも調整のため出場することを念頭にスケジュールを考えます。しかしそもそも4大大会に出場できるかあやしい、もしくは出場してもベスト8以上に絡む可能性の極めて低い選手にとっては五輪は大きな意味を持つかも知れません。五輪出場つまり「オリンピアン」という肩書きは、テニスをよく知らない人にとっても分かりやすい競技人生における成果だからです。

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そうするとテニスにおいては概ね、上位にいる選手ほどオリンピックの重要性は下がり、「万難を排して」出場するものではないということがわかります。一方下位の選手ほどオリンピックは「もし出られるものなら是非出たい」ものになるでしょう。もちろん選手個々には色々な「出る理由」「出ない理由」があるかと思いますが、根本にはこのことがあると私は思っています。

2週間でできることは?

さて私が今回ジョコヴィッチの何に一番注目していたかと言うと、全仏が終わって全英(ウィンブルドン)が始まるまでの「過ごし方」です。前回の記事でサーフェスについて書きました。全仏の「土」のコートとウィンブルドンの「芝」のコートは全く異質のものです。その変化への適応にどの選手も苦労するのです。しかも全仏が終わってウィンブルドンが始まるまで今年は2週間しかありませんでした。コロナの影響で全仏が開催時期を遅らせたからです。そしてもう一つ忘れてはいけないことがあります。

全仏で決勝に残った選手はウィンブルドンまでの準備期間が最も少ない、ということです。男子の決勝が最終日にあたりますから、つまり全仏の決勝を戦ったジョコヴィッチとチチパスは最もハンデを背負っていることになるのです。しかもフルセット4時間を越えるまさに死闘でした。ちなみに全仏の準決勝でジョコに敗れたナダルは自分の身体をいたわってウィンブルドンを欠場しました。ナダルは35歳、ジョコは34歳です。この状況でウィンブルドンに出場してしかも優勝を狙うのはどう考えても無理筋です。

ではまずチチパス(22歳:ギリシャ)はどうなったか?なんとウィンブルドンでは1回戦で敗退しています。可哀想なのでせめて写真を載せましょう。

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そしてジョコはと言うとウィンブルドン優勝です。いったい彼は全仏の後どう過ごしたのでしょう?

マヨルカ島でバカンス?

普通はイギリスやドイツの芝のコートで行われる大会に出場して芝に慣れていく選手がほとんどです。しかしジョコはまず身体を休める必要があります。ですので1週間の休息をとり、その後マヨルカ島の試合(芝)に出場します。それがなんとダブルスでした。普段はダブルスには出ないジョコですが、ここでダブルスでした。終始笑顔で楽しみながらプレイし、それでも質の高い個人技を随所に見せ、当然ノーシードながらなんとベスト4まで勝ち上がりました。地中海のまばゆい光の中、普段やらないダブルスを楽しんでどうやら上手くリフレッシュできたようでした。さすが!と私はここで唸っていました(笑)。

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選手は時々インタビューで「I'm fresh now」と言ったりします。これはテニスを仕事にしてみないと分からないことだと思いますが、新鮮な気持ちでコートに入る、新鮮な気持ちで試合に臨むということがいかに大事かということです。ジョコは全仏とウィンブルドンの間の実質1週間の準備期間をシリアスな練習に費やすのではなく、「be fresh」のために使ったのです。

イタリアのとんかち🔨

そしてウィンブルドン決勝戦、第1セットはマッテオ・ベレッティーニ(25歳:イタリア)がタイブレークで獲ります。ジョコが「イタリアンハンマー」と名付けたベレッティーニのサーブは凄まじく、センターへは140マイルに届こうかという豪速、ワイド(コートの端っこを狙うサーブ)でも120マイル台の後半です。これは芝のコートでは特に大きな武器になり、みなを驚かせるスタートになりました。

ちなみにジョコにはそんな爆弾サーブはありません。最もスピードが出るセンターへのサーブでも120マイル前後です。ナダルやフェデラーのような一発で相手を窮地に追い込むフォアハンドもありません。ジョコの強さは何なのでしょうか。よく言われるのはどんな遠いボールでも身体を伸ばして打ち返す守備力ですが、ベレッティーニはインタビューで「この芝のシーズンで自信を持っていたサーブとフォアハンドという自分の武器を、2セット目以降は無力化された」と言っています。多分ジョコは相手のショットに慣れるというか、攻略法を見つけるのが滅茶苦茶上手いようです。そしてどんなにプレッシャーのかかる場面でも自滅しない精神力、これがジョコの最大の武器と言えるでしょう。そして残る3セットできっちり仕事をし、センターコートの草を喰みます。恒例です(笑)

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選手以上に喜んでた人

今回の優勝でジョコ以上に喜んでいた人を見つけました。ゴラン・イヴァニセヴィッチ49歳、クロアチアの英雄です。現在ジョコヴィッチのコーチを務めています。少しわかりにくいですが、ジョコと向かい合っている3人のうちの一番右の白髪交じりで髭の大きな男性です👇。

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ワンスラムワンダーとは?

この言葉ご存じでしょうか?テニス界で最も価値のあるのが4大大会であると説明しました。その4つのうちどれか1つだけ、しかも1度だけ優勝したことがある選手のことをそう呼びます。このイヴァニセヴィッチはそのワンスラムワンダーの1人です。1度だけ優勝したというその大会はウィンブルドンです。その時の優勝を決めた直後の写真です👇。私も泣きました。

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実はこの2001年のイヴァニセヴィッチの優勝にはものすごいドラマがあって、私は全力で彼を応援していました。しかしその事は今は書ききれないのでそっとしておきます。

もう一人、ワンスラムワンダーといえばすぐ名前が出てくるのがマイケル・チャン(49歳:アメリカ)です。ご存じ錦織くんのコーチで、17歳の時に全仏オープンに優勝しています。覚えているでしょうか、2014年に錦織くんは全米オープンの決勝に進みましたが、その時の相手、クロアチアのマリン・チリッチの当時コーチをしていたのがこのイヴァニセヴィッチだったのです。この時の勝負は互いのコーチ、つまりワンスラムワンダー同士の対決であるとも(一部で)騒がれていました。

この時私は、これが錦織くんが4大大会で優勝する最初で最後のチャンスになるだろうと思っていました。その理由はここでは触れませんが、結果はご存じのようにチリッチの圧勝でした。イヴァニセヴィッチはこの時おそらく初めて自分がコーチする選手を優勝させ、そして今回もジョコの歴史的勝利にコーチとして立ち会ったのです。なんと幸運な男でしょう。そしてジョコファンで、しかもかつてイヴァニセヴィッチを応援した私にとっても今大会の優勝はダブルの喜びだったのです。

神3の完成、そして終焉か

さてこれで、テニス選手なら誰でも憧れる4大大会、多くの日本人選手なら本戦に出られただけでも満足してしまう大会の優勝をビッグ3と言われる3選手、つまりフェデラー(39歳)ナダル(35歳)ジョコヴィッチ(34歳)が20勝ずつ分け合うということになりました。冒頭で男子テニスの特別な時代が完成すると言ったのはこういうことです。そして今まさにフェデラーが去ろうとしています。3人が互いを信じられないレベルへ押し上げてきたこの関係がこれからどうなるのか?あるいは若手はこの現役レジェンド達に引導を渡せるのか?それが今の私の興味であり楽しみです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。



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