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前段階−たった1分で読める1分小説−

 どんなジャンルにも天才と呼ばれる人物がいる。

 次郎は、まさにそんな天才の中の一人だった。業界で、天才の名を欲しいままにした。

 ところが、彼がこの世界を止めると言い出した。
 次郎の事務所の社長が引き止めたが、次郎の意志は固かった。
「なぜ止めるのだ?」
「私には最終目標があります。その前段階のために、この業界に入っただけです」

「前段階? どういう意味だ」
「例えば小説家は、前職は新聞記者だったケースが多い。記者として文章の修行を積んで小説家になった。私もようやく修行期間が済んで、最終目標に進めます」
 惜しまれつつも、次郎は業界を去った。

 その翌日、次郎はラーメン屋『花山家』に向かった。次郎の最終目標とは、ラーメン屋だった。

 花山家のラーメンは、濃厚な豚骨醤油ベースのスープとストレート麺が特徴だ。『家系ラーメン』の元祖と呼ばれている。

 店長との面接で、次郎がはきはきと言った。
「ここで勤める前段階として、設計士として修行を積んできました」
 店主は、次郎の輝かしい経歴を聞いて仰天した。
「でもラーメンと建築はジャンル違いで、なんの関係もありませんが?」

 店主の疑問に、次郎は逆に問い返した。
「なぜですか? この店の方々は建築の経験と知識を得てから、ラーメンの道に進まれてるじゃないですか」

 そこで店主は、次郎の間違いに気づいた。

「……君、家系ラーメンって、そういう意味じゃないよ」

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