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本ていいな

小学生の頃、私は下校途中にそこら辺に生えている草をえいやっとむしって食べるような子供だった。

誤解して欲しくないのだが、私は決してやばい人ではない。(信じて欲しい)

今はひとり暮らしをしながら東京都内のデパートで働いているわりとしっかり目(?)の社会人だ。

ただ、実家の周りには山と川と田んぼしかなくて夜には蛍が飛んでいるのが見えるようなドがつくほどの田舎に住んでいたので野性味溢れる子供時代を過ごしていた。

しかも、この話をすると意外と共感者が現れて「あー酸っぱい茎あったよね」とか「花の蜜吸ったりしてた」とか言ってくれるので田舎あるあるなのかと思ってる。

そんなドがつくほどの田舎に住んでいたので私の世界はとても狭かった。親や先生が言ってる言葉が絶対で世界のすべてだったのだ。

何の疑問も持たず誰かに「右を向け」と言われたら素直に右を向くような人間。

しかも左を向いている人がいたら注意するような人間。

それが私だった。

そんな私の世界を一気に広げてくれたのが読書だった。

「世界には日本人以外にもたくさんの人間がいるらしい」とか「この世の中にはいろいろな考えや生き方がある」とかいう世界の常識を私は本から学んだ。

私と本との出会いは正に怪我の功名とも言えるもので、小2で骨折して1ヶ月入院した時にその病院の院内学級にあった本を手に取り読んだ事がきっかけだった。

手に取ったのはたしかマザーテレサの漫画の伝記本だったか。

「あれ、これはおもしろいぞ」と思い始めたら止まらなくて、退院してから毎日学校の図書室に通い、いろいろな人の伝記本を読み漁った。

ゴッホ、ナイチンゲール、キュリー夫人…。

世界中の人間の人生に触れた。

手に届くしかも目に見える範囲しか無いと思っていた世界が広がっていった。

子供の私には衝撃的で楽しくて仕方がなくてそこからいろいろな本を読むようになった。

そこでさらに私の価値観を変えてくれた本に出会った。

それが山田詠美さんの「ぼくは勉強ができない」だ。

もうね、私のバイブルですよ。

今私が死んだらこの本を棺桶に入れて一緒に燃やしてくれ!(遺言)にしたいくらい大好きよ。

この本というか、山田詠美さんに出会って私という人間はもう1回産まれたようなものなのよ。

山田さんに出会う前と後で人間性が全然違うし、今の私はいないのです。

宇宙がもう一個出来ちゃうんじゃないかってくらいの爆発が起こったのです。

ちなみに、サイン会とかも行ってるので実際にお会いした事もあります。(ピース)

その時渡したファンレターに6時間くらい掛けてしまった時はさすがに自分気持ち悪いなと思ったけど。

ごめんなさい。愛が重いです。

簡単に「ぼくは勉強ができない」はどういう話なのかというと、
「ぼくは勉強はできないけど女の子にはモテるよ」とか生意気なことを言っちゃう秀美くんという男子高校生の成長物語である。
今の世間の倫理的にはダメだと思うが、BARで働く24歳のお姉さんとも付き合ってるモテモテな男の子。
そんな男の子でも人生に悩むのだ。(当たり前)

10代の青春を謳歌しているように見える彼だが家庭環境は少し変わっていて、未婚の母と祖父と3人暮らしであり父親が誰なのか知らないらしい。
そして少し貧乏である。

そんな主人公を私は最初「かわいそうだな」と思った。
きっと、母親も身を粉にして働いているのだ、大変そう、と。
完全に上から目線の感想である。

それが全然違ったのだ。

確かに秀美くんは父親を知らないけど少し貧乏だけど、とっても幸せなのである。
自己肯定感がしっかりある男の子。
自分の事を微塵もかわいそうな子だとは思ってない。
そして、母親もバリバリのキャリアウーマンでお金を稼ぎ家庭には最低限の生活費を入れるけれど、自分のためにもお金を使い自由に恋愛している女性。


超びっくりした。
秀美くんはともかく「え!?お母さんてこんなに自由でいいのけ!?(方言です)」と目を真ん丸くして読んだ。
最初は少し拒否反応が出てしまったくらい。

でも、すごく幸せな家族なのだ。
母親は傍から見たら世間の言う良い母親ではないかもしれないけど、秀美くんをたくさんの愛で包んでいるし、おじいちゃんはおじいちゃんで現役で恋愛しつつ秀美くんが涙を流せる場所であり続けている。
こういう家族だからこそ秀美くんは秀美くんであり続けることができるし自分の道を進むことができるのだ。

人を見て「かわいそう」とか「〇〇はこうあるべきだ!」という事のなんと勝手で最低な事か。

ここで私の価値観の爆発が起こったのだ。

「今までの私の考えは間違っていたのかもしれない。人には様々な考えや価値観があって他人が勝手に押し付けていいものじゃないんだ」

と、とても当たり前で大事な事を気づかせてもらった。

そこから私は人に「右を向け」と言われてもすぐには向かなくなった。

本当に右でいいの?

と自分で考えるようになった。

左を向いている人に「違うよ」なんて自分勝手な理由で言わなくなったし、そのまま一緒に同じ方向を向く事も反対の方向を向く事も少しずつできるようになった。

私は読書を通して変わることが出来たのだ。

山田さんは、「小説家にとって多数派は敵」ということをインタビューでおっしゃっている。
彼女の本の中の登場人物は他人とは違う自分の人生を大事にしている人ばかり。

かっこいいな、私もそうありたいなと思う。

山田さんの著書の中に「明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち」という本がある。(本当に良い本です)

その中に、
「人を賢くするのは人生経験ではなく、他人ごとをいかに自分ごととして置き換えられるかの能力にかかっている」※要約
ということを登場人物が思うシーンがある。

私は人生経験は少ないからこの言葉に救われる。

文字の向こうの人生を自分ごとのように考えて、そして、想う。
本は血が通っていてあたたかくて時にはヒヤっとさせられる事もある、生きているもの。
それを忘れずに本を読みたい。
そして、自分以外の世界に触れ続けて行きたいと思う。

もちろん、現実の自分の世界も大事にして読書人生を生きていくのだ。


小さい田舎町の外の世界を教えてくれたのも、そこから飛び出す勇気をくれたのも、今まで私が出会ってきた本があったから。

本ていいな。

大好きだ。

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