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【連載小説】小五郎は逃げない 第34話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

新選組による桂の恋人・幾松の処刑に乗じて桂をおびき出し、反幕府体制を一網打尽にする策略を企てていた。

 新選組は幾松を見世物のようにして京の町中を練り歩き、救出にために桂が襲撃してきたところを別部隊が捕獲する作戦を実行に移した。しかし桂は現れない。このままでは幾松が処刑されてしまう。桂は一体どうしてしまったのか・・・。

愛する人を守るために・・・、桂小五郎は京の町を駆ける。

奪還 2/6

 やがて迎撃隊は三条河原に差し掛かった。土方らの心に諦めムードが漂った。土方は一人思った。自分が桂の立場であれば、どうしただろうか。桂と幾松の関係は詳しく知らないが、この女は桂を守るために命を懸けていることだけは知っている。いつ斬り捨てられるかもしれない状況で、近藤や土方にあれだけの悪態をつけるなど、女にしておくにはもったいない度胸をしている、執拗かつ厳しい取り調べにも耐えた。
 
 土方は幾松の芯の強さを見抜いていた。自分には新選組を立派な佐幕組織にするという大きな野望がある。新選組を一大組織に発展させ、近藤を大名に祭り上げ、沖田や永倉や斎藤らを幹部にして幕府側の要職に就かせ、隊士たちを幕府公認の武士にする。そして、忠誠を誓った幕府のために、討幕派を根絶やしにする。そのためには自分は死ねない。例え殺されても不死鳥のように起き上がる、土方には狂信的かつ鉄のような強固な覚悟があった。その自分が、例え命懸けで守ってくれたとしても、女一人のために死ねるのか。いや、死ねない。自分なら迷うことなく女を見殺しにする。そう思うと、軍行が終わるころには、桂に対して強く抱いていた嫌悪感が、少し薄らいだような気がした。
 
 三条河原で各遊撃隊が迎撃隊に合流し、三条河原に集結するような恰好になってしまった。だれもこの状況を予測していなかったために、処刑場に五十人の隊士がひしめくことになってしまった。この状況で桂が襲撃して来るなら正気の沙汰ではない。だれもが、桂は女を見捨てて逃げたと思った。
 
「女の首をはねたら、さっさと帰って来い。たかが舞妓の首をはねるだけのことで、時間を浪費してしまった」
 しらけたムードが漂う中で、土方は斎藤に吐き捨てるように言うと、手勢を連れて屯所へと引き返してしまい、残った沖田、永倉、斎藤で幾松の処刑を行うことになった。
「仕方がない。私たちだけでやるか」
 沖田はあまりやる気のない様子で言った。念のために隊士たちを処刑場に残し、計画通り土手から遠く、河川にすぐ近い場所に目籠を運ばせた。幾松は籠から引きずり出され、地面の上に座らされた。
 
「やつに見捨てられたな。しかし、やつは幕府転覆を目論む大罪人。そいつをを匿ったおまえも重大な罪を犯したことになる。ここで断罪する」
 沖田は幾松の頭上から言い渡した。幾松は後ろ手にしばられたまま正座させられ、斎藤に白装束の襟をつかまれて押さえつけられ、頭を膝より前に出した状態にされた。
「言い残すことはないか。特別に聞いてやる。」
 抜刀した沖田は刀を振り上げながら、幾松に言った。
「桂はんと言うお人はよお知りまへんが、その人は罪人ではあらしまへん。日本を良い世の中に作り替えようとしてはるだけどす。罪を犯してはるのは、それを邪魔してはるあんさん方と違いまへんか」
 死を目の前にして、命乞いをするどころか、新選組のことを批判した。
 
「もうよい」
 沖田がそう言って、刀を振り下ろそうとした時、沖田から見て右手の土手の上に、巨大な獣の姿が見えた。あれは犬なのか、どう猛な野獣にしか見えない。しかも、こちらの様子を伺っている。そして、沖田と目が合った瞬間に、凄まじいスピードで河川敷に突進してきた。河川敷に降りて来るや否や隊士の一人の足に噛みついた。その隊士は絶叫し、自分の刀で応戦しようとしたが、足の激痛に耐えかねて、その余裕もなく地面に倒れた。その巨大な犬、寅之助は次々に隊士たちに襲い掛かり、たちまち数人の隊士を戦闘不能にした。新選組隊士たちにすれば、人を斬る鍛錬は日々行ってきたが、相手が獰猛かつ迅速に動き回る大型犬となると勝手が違う。隊士たちは大混乱に陥った。沖田たちも処刑どころではなくなり、事態の収拾にあたろうとした。寅之助は隊士たちを威嚇しつつ、幾松のいる位置から見て、河川敷の左側へと隊士たちを少しずつ追いやって行った。
 
「桂やぁ、桂小五郎がおったでぇー」
 その河川敷の左手の奥、土手の上から一人の隊士が、聞きなれない大阪弁で土手の上から大声で叫ぶと、河川敷と逆の方向に土手を駆け下りて行った。幾松は何が起きているのか状況が飲み込めず、唖然とその光景を眺めていた。
「桂が来たぁ」
「桂の襲撃だ、捕えろっ」
混乱に陥っていた新選組隊士たちは、口々にそう叫び、寅之助に背を向けて一斉に声がする方向に走り始めた。
「何だ、うちの隊士に大阪弁をしゃべるやつなどいたか」
 永倉はそう言いながら、声がする方向へ土手を駆け上がりだした。沖田、斎藤もそれに続く。
 
 寅之助の襲撃により混乱に陥り、盗んだ隊服を着た以蔵の芝居に、まんまと騙された新選組隊士たちは、鴨川の上流から無人の小舟がゆらゆらと流れて来ることに、だれも気が付かなった。小舟は新選組の混乱をよそにゆっくりと幾松の背後に近寄ってきた。そして、小舟の陰に身を潜めていた桂がむくっと立ち上がった。龍馬に調達してもらった羽織、袴を身に付け、髪もきれいに髷が結えられていた。ただし、腰に付けているのは日本刀ではなく、木刀である。昨日までの乞食の姿から一転して、凛々しい武士の姿で現れた桂は、船を飛び降りて幾松の方に駆け寄って行った。
 
「幾松、助けに来たっ」
 桂は素早く幾松を縛っていた縄を解いた。
「桂はん、どうして来はったんどすか。捕まったら殺されます」
 幾松の目は、あからさまに憤りの念を表していた。幾松は桂のために、桂を救うために死を覚悟していた。
「この男は何があっても殺させない」
その目は幾松が心からそう願っていた証だった。
「命を懸けて守ってくれた女を、見捨てて逃げる男だと思ったか。私を馬鹿にするな。おれは死なん。何としても生き延びる。そしておまえも助ける」
 桂は静かにそう答えた。そして、幾松を縛っていた縄を解き、手足が解放された幾松を力の限り抱きしめた。度重なる恐怖から解放された幾松は、桂にばれないように声を潜めて泣いた。
 
「この騒ぎは桂はんの仕業どすか」
 幾松は声を絞り出すようにして桂に聞いた。
「細かい話は後だ」
 桂は我に返ったように答えた。
「幾松、いいか、よく聞け。この船に乗って鴨川を下れ。六条河原で落ち合おう。もし私が来なければ、そのまま船で大阪へと下り逃げろ。わかったな」
 そう言って、桂は幾松を小舟に放り投げるように乗せた。幾松はまだ事態を呑み込めておらず、桂に聞きたいことが山ほどあったが、黙って桂の言うことに従った。桂は幾松を乗せた小舟を、渾身の力で川の中央の方に蹴り出した。

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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