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【連載小説】小五郎は逃げない 第33話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

新選組による桂の恋人・幾松の処刑に乗じて桂をおびき出し、反幕府体制を一網打尽にする策略を企てていた。

 桂と以蔵は坂本龍馬から真新しい羽織、袴を手渡され、武士として堂々と戦うことを誓う。新選組の策略は着々と進められる中、桂、以蔵そして寅之助の前代未聞の戦いが火ぶたを切って落とされようとしていた。

愛する人を守るために・・・、桂小五郎は京の町を駆ける。

奪還 1/6

「総司、永倉、斎藤、そろそろ行くぞ」
 土方の口調はいつになく重々しかった。食事の速い土方は、自分が朝食を食べ終わると、まだ食べ終わっていない隊長たちのことはおかまいなしだった。沖田たちは慌てて飯をのどにかき込んだ。
 
 近藤や土方でも勝てるかわからない相手が、いつどのようにして襲ってくるかわからない。敵を待ち受ける立場でありながら、各隊士に恐怖心が蔓延していた。相手は日本でも有数の剣豪である。しかも、必ず襲ってくるとわかっている。そのような空気が漂うのは、無理もないことだった。しかし、土方はそれを嫌った。
「どいつもこいつも、びびってやがるのか」
 土方は沖田に吐き捨てるように言った。
「今回の敵は、新選組始まって以来の強敵ですからね」
 沖田がいつものように、茶化すように言った。
「うるせぇ、全員を中庭に集めろ、近藤さんから話がある」
 土方は相変わらずの面倒臭そうな態度で言った。
 
 新選組隊士総勢五十名近くが、早朝から屯所の中庭に勢揃いし、各隊別に整列させられた。そこに近藤と土方がゆっくりと現れた。
「本日、長州藩の攘夷派筆頭格である桂小五郎を匿った女を、三条河原で処刑することと相成った。その女の罪状は極刑に値するが、反幕府活動を続ける攘夷派を根絶やしにしなければ、このような無益な血が流れ続ける。桂小五郎は、日本の秩序を守り続けてきた幕府を転覆せしめるべく暗躍してきた憎むべき攘夷派の中核を成す大罪人の一人である。はっきりと言うが、女の処刑に意味はない。桂を誘き出すための口実でしかない。まず、そのことを理解してもらいたい。わしも、歳も、その女の処刑を阻止し、奪還すべく桂が新選組を襲撃してくる公算が高いと睨んでおる。皆も知っての通り、桂小五郎は我が国でも有数の剣豪で知られている。おまえらがやつと対峙しなければならなくなったとき、逃げることは一切許さん。やつに背中を見せて、羽織の後ろに刀傷を受けて戻ってきた者は、その場でわしが叩き斬る。ここにいる者は全員、戦って死ぬことを選べ。わかったか!」
 
 近藤の檄が飛ぶと、新選組隊士たちの顔つきが一変した。どうやっても勝ち目のない相手と戦って死ぬか、屯所に逃げ帰って殺されるか、どちらかを選択しなければならないのであれば、武士らしく戦って死のう、近藤の言葉は隊士たちにそう決心させた。
「女を連れて来い」
 土方がそう叫ぶと、白装束に着替えさせられ、縄で縛られた幾松が、新選組隊士に両腕を抱えられて屯所の奥の間から出てきた。
「何どす、この大人数のお侍さんたちは」
 
 庭先に整列している新選組隊士たちを見て、幾松は驚きの声をあげた。驚いたと同時に、頭の良い幾松は、彼らの魂胆を即座に見抜いた。桂のために死ぬのであれば、それは厭わない覚悟はできていたが、この様子からして、どう見ても女一人を処刑するには事が大袈裟過ぎる。
「あんさん方、わてを囮にするつもりどすな。卑怯どすえ」
 土方に向かってそう叫んだ幾松は、その場で自分の舌を噛み切ろうとした。しかし、強引に竹管を噛まされてしまった。必死で抵抗しようとしたが、男二人に力尽くで抑えられてしまっては、女性一人の力ではどうしようもない。幾松は成す術を失ってしまった。
 
 幾松は目籠に押し込まれた。目籠とは、竹で丸く編んだ高さが一メートル程の籠を台板にかぶせ、琉球むしろで包み、棒を通して男二人でかつぐものである。外から籠の中を覗くことができ、罪人はこの籠の中で晒し者にされることになる。
 
 土方の号令と共に、新選組は屯所を出発した。すでに日は高く昇っていた。新選組の屯所から、三条河原まで約三・五キロメートル。屯所を出て四条通を東へ向かう。その距離約二・五キロメートル。それから鴨川に沿って河原町通を北上する。その距離約一キロメートル。土方・斎藤が率いる迎撃隊十四名は、籠に乗せた幾松を三条河原まで運ぶ。隊士の数をあえて少なくし、なるべくゆっくりと移動し、桂が襲撃しやすい状況を作る。沖田が率いる第一遊撃隊十七名は、四条通の北側にある蛸薬師通を迎撃隊と並行して移動する。四条通のすぐ北側にあるのは錦小路通だが、桂が迎撃隊を襲撃するために四条通のすぐ横にある通りから迎撃隊の側面を突いてくると考え、桂の襲撃と共に二つ隣にある蛸薬師通から、迎撃隊と共に挟み撃ちにする作戦である。これは桂が北側から襲ってきたことを想定しており、南側からの襲撃に備えて、永倉が率いる第二遊撃隊十七名が、四条通の二つ南側にある仏光寺通を並行した。
 
 桂は四条通から迎撃隊の真正面を突かない限り、挟み撃ちにされてしまうことになる。迎撃隊が河原町通を北上し始めたら、第一遊撃隊は河原町通の西側にある寺町通を、第二遊撃隊は同じく東側にある木屋町通を並行して北に向かう。桂の襲撃の合図は、迎撃隊に属する山崎らの伝令隊が各遊撃隊へ急報を知らせることになっていた。
 
「斎藤、やつが襲ってくるなら、逃走に有利な路地が多いこの通りの可能性が高い。気を抜くな」
 土方が隣を歩く斎藤に言った。
「わかりました。先日の汚名を返上させてもらいますよ」
 斎藤は気合十分だった。
 
 京の町人たちは朝から新選組の物々しい軍行に気付き、次々に家から表に出てきた。目籠に入れられている白装束の女を見て、新選組は何故にこんな大袈裟なことをするのかと口々に言った。そして、次第に野次馬が増え始めていった。沿道に野次馬が並ばれては、路上に飛び出してくる桂の発見が遅れてしまう。隊士たちは野次馬に下がるように再三警告したが、増える一方だった。その野次馬に混じって、一人の男が路地裏から新選組の一団が行き過ぎるのを待っていた。獲物を狙う狼の目をした男、岡田以蔵である。以蔵は一団が行き過ぎたところで、路地から気配を殺して飛び出し、最後尾にいた隊士の背後に忍び寄ると、後ろから右手で口を塞ぎ、左手で喉元に短刀を突きつけた。そして、間髪置かずに次の路地に連れ去った。一瞬の早業である。新選組の隊士たちも、野次馬もだれも気が付かない。以蔵はその隊士のみぞおちを渾身の力を込めて殴り付けて、気を失わせ、その隊士の隊服を剥ぎ取るや否や鴨川の方向に向けて走り出した。
 
 迎撃隊は四条通と河原町通の交差点に差し掛かろうとしていた。しかし、桂が襲撃して来る様子がない。土方は苛立った。土方は迎撃隊が四条通を左に曲がって、河原町通に入ったことを各遊撃隊に伝えるべく、伝令隊を走らせた。沖田も永倉も屯所を出発してから、怪しい人物を見掛けていない。
「やはり、やつは女を見捨てて逃げたのか」
 沖田は伝令隊からの知らせを聞いて、独り言ちた。
 

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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