見出し画像

『クリスマスケーキ』【#才の祭】参加作品

世の中はクリスマス一色。
街にはきらびやかなイルミネーションや、クリスマスツリー。楽しげな音楽がどこからともなく聞こえてくる。
駅前のケーキ屋さんが、外にショーケースを出し、クリスマスケーキを売っていた。
見ない振りで通りすぎようとして、思い直し足を止めた。
ショーケースの前で色とりどりのケーキを眺めながら、ぼんやりと思い返す。

夫と私は、出会ってから10年以上たっている。
何回も一緒にクリスマスを過ごし、いろいろなクリスマスケーキを一緒に食べてきた。
少し背伸びして入った高級レストラン、二人して精一杯オシャレをして、食べたコースのデザートのケーキ。
海外旅行に出かけ、南国の空気の中、「クリスマスなのに短パンTシャツ」と笑いあいながら食べた、ただただ甘いカラフルなケーキ。
頑張って手作りしたけど、生クリームもスポンジも柔らかすぎて、夫は笑って、私は憮然として、スプーンで食べたケーキ。
二人とも、クリスマスや様々な記念日。そして何気ない日々も、一緒にいられるのが嬉しくて、笑いあい、ずっとこのまま幸せは続くと思っていた……のに……。
いつからだろうか。
二人でいるとケンカが耐えないようになった。
思い返すと、私が子どもが欲しいと思ったことがきっかけかもしれない。
もともと、仲はよくても欲望は薄い二人だった。
でも、私は子どもを授かるにはどうしたらいいか調べ、毎月、妊娠の可能性が高い日に、酒を飲まず、早く帰ってくるようにお願いした。
最初のうちこそ、お願いだった。
でも、子どもがこなかったしるしが来る度に、私は絶望し、苛立ち、夫に命令するようになっていった。
「飲んでこないでって言ったよね?」
「仕事で遅くなる?なんで月に1度のことに協力
してくれないの?」
「私ってもう女としての魅力ない?」
今、思い返すと自分でも辛い言葉の数々。
私は、全てを夫のせいにして、夫に当たっていたのだ。その度に夫は私から目を背けるようになっていった。

「ショートケーキふたつください」
回想から我に返り、顔をあげ言った。
「ショートケーキ。最後のふたつですよ。よかったですね!」
サンタの帽子を被った若い女の子の店員は、ニッコリと笑うと、そう言ってケーキを包んでくれた。

自宅に着くと部屋はまだ暗かった。
夫はまだ帰ってきていない。
ズキンと慣れた痛みが胸を襲った。
私が子ども欲しいと躍起になればなるほど、夫の帰りは遅くなっていった。
酔って帰ってくる日も多くなっていく。
私も、 月に1度、約束の日にさえ、酒を飲まず早く帰って来てくれれば、後はどうでもいいというような投げやりな気持ちになっていった。
ギスギスした空気が流れ、夫がそばにいても、苦しいだけだった。
……ただ、初めはつらかったのだ。
寂しかったのだ。
一人で部屋にいるのが。
二人でいても、お互いを遠くに感じるのが。
そう。今、感じてる胸の痛み。
それは、今夜は二人で仲良く過ごしたかったという気持ちだ。
前のように、仲良くケーキを食べ、笑いあいたいという切なる気持ちだ。

ため息をついて、思い出を振り払うように首を振って、ケーキを冷蔵庫にいれた。
そのとき、ガチャっと鍵をあける聞きなれた音がした。
「ただいま、君の方が早かったのか」
夫が帰ってきたのだ。
私は悪いことでもしているようにビクッと肩を震わせると、冷蔵庫の扉を閉め、夫に向き直った。
すると、夫が大きなかわいい箱を持ってるのが目についた。
「それって……ケーキ?」
おかえりなさいの言葉も忘れ、思わず口にする。
それはあきらかにケーキの箱だった。しかもかなり大きい……。
「そうだよ。駅前のケーキ屋、カットのショートケーキがもう売り切れでさ。ホールで買って来ちゃった。君はショートケーキが一番好きだろ?クリスマスだし、二人で食べよう」
夫は照れたように笑って言った。
「ホールって私達、二人なのに……」
そういいながら、思う。
そうだ。私はこの笑顔が大好きだったのだ。
本当に久しぶりにこの笑顔をみた。
子どもができる。できないではない。
まずは二人でいられること。クリスマスを一緒に過ごせることを喜ぼう。
二人がまた仲良くなりたいという想いを託したクリスマスプレゼント。
今夜は食べきれないショートケーキを二人で食べよう。
そして、私も照れた笑いを浮かべ、言った。
「最後のカットのショートケーキ、誰が買っていっちゃったんだろうね?」



この小説は【#才の祭】参加作品です。

自分自身がどんなクリスマスプレゼントがいいか考えながら、書くことができました。

壮大で、素敵な企画に参加させていただいて、ありがとうございます!

#才の祭  
#才の祭小説
#短編小説
#クリスマス
#クリスマスプレゼント
#ショートケーキ
#夫婦
#仲直り
#不仲


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?