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平和を祈る、「過激」と「綺麗」の狭間で

小学6年の修学旅行以来、実に12年ぶりに広島を訪れた。
数年前にリニューアルされたという平和記念資料館にきてみたかったからだ。
歴史学を専攻する院生として、歴史の負の遺産に関心をもつ者として、そして一人の人間として。

資料館は文字通りリニューアルされ、CG映像を用いたり、第三者の語りではなく、主語を感情を持つ一人の「私」としたことで展示にどんどんと引き込まれていく感覚を覚えた。

一方で、原子爆弾による熱線で火傷を負った被爆者の姿を再現した人形(被爆再現人形)はリニューアルに伴い撤去され、昔の「過激」な展示はほとんどなくなっていた。実に「綺麗」な展示だったのだ。すべてが。

「昔の方が原爆の悲惨さを感じた」「資料館の中身がどんどん綺麗になっていく」という住民の声が腑に落ちる。

当時、被爆再現人形の撤去に反対した住民の数は9割近くに及んだ。しかし、それでも撤去が決まった。

広島市は「凄惨な被爆の惨状を伝える資料については基本的にありのままで見ていただくべきという方針の下、この度被爆再現人形を撤去することとしたものであり、見た目が恐ろしい、怖いなどの残虐な印象を与えることなどを懸念して撤去するものではありません。」としている。
本当にそうであれば、リニューアルされた資料館のどの部分が「凄惨な被爆の惨状」を最も伝えているのだろうか。

約12年前、小学6年生のとき。資料館であの再現人形を目にし、原爆ドームの前に立って被爆者の証言を聞いたあの衝撃は忘れない。
当時はまだ学校の図書館に『はだしのゲン』が置いてあり、それも小学校低学年のときに全て読んだ。

しかし数年後、同作品は図書館から姿を消した。小学生が読むには「過激」すぎる、という理由で。

資料館がある広島平和記念公園にはあの有名な原爆死没者慰霊碑がある。

碑文にある「安らかに眠って下さい、誤ちは繰返しませんから」という言葉。

「平和を祈る」というけれど、本当にそれだけで「誤ちを繰り返さずに」すむのだろうか、とふと思う。

文字通り平和を祈る公園には「平和的な」モニュメントや平和を象徴する花々が植えられる。しかし、この公園には明示的に原爆の悲惨さ、恐ろしさを伝えるものはない。

原爆の悲惨さや恐ろしさを伝える原爆ドームは、まさにその象徴であるのだろうが、果たして原爆ドームだけにその役割を任せてよいのだろうか。
原爆ドームでさえ、「平和を祈る」ための対象と化してはいないだろうか

「平和を祈る」だけで平和を願い、行動した気になり、満足することで被爆国としての経験が、被爆した人々の経験が「綺麗」なものとして後世に残され、平和を「祈る」ための道具とされてしまうようなそんな無意識に(もしくは意図的に)進む歴史の風化に危機感を覚える。

この公園、そして資料館が平和を祈り続けることで、後世には何が残されるのだろうか。
「過激」なものではなく「綺麗」な記録を前にした後世に、一体何を感じてもらいたいのだろうか。
平和的に「平和を祈る」後世であってほしいのだろうか。

そうではなく、原爆そして戦争の「過激な」記憶を伝承し「誤ちを繰り返さない」ために行動する後世を生み出したいのではなかったのだろうか。
もしそうであるならば、そのために現世代が「平和を祈る」だけでは不十分であるはずだ。
私たちが祈るだけで、そして「綺麗」なものを残すだけでは、きっと何も生まれないだろう。

「平和を祈る」公園、そして資料館。「過激」なものではなく、「綺麗」な記録を後世に残す。しかし、それでも祈り続ける現世代。もちろん平和活動に尽力する人もいるだろう。

広島出身でも在住者でもない私がいうのは烏滸がましい。しかし、少なくとも来訪者としての私には、この地から「原爆の恐ろしさ」よりも「平和を祈る」という主張を強く感じざるを得なかった。
「原爆の恐ろしさ」を伝えた上での平和の希求、ではなく「平和を祈る」という行為のもとに原爆の「過激」な部分が覆われてしまっているようにも思えた。
原爆を落とされるという悍ましい体験をしたはずのこの地が「過激」な過去から来訪者の目を背けさせることは、何を意味するのだろうかと考える。

「過激」と「綺麗」の狭間に置かれた戦後世代が何を後世に残すのか、今まさに、その選択に迫られているだろう。
リニューアルされた資料館は、まさにその選択の「結果」であったのかもしれない。

私たちは「綺麗」を取り、「過激」な過去を選択的に忘却するのか。「平和を祈る」ことだけを現世代、そして次世代に求めてよいのだろうか。

そんなことを想いながらあのモニュメントの前で平和を祈り、自分にはこれから何ができるかを考えた。
「過激」と「綺麗」の狭間に立たされていることを自覚し、その狭間の中で「平和を祈る」こと以上に、誤ちを繰り返さないために今の自分に何ができるのかを。

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