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二十世紀最大の「ひょうたんから駒」。――5ポケットジーンズーー Part.1

ほぼ間違いなく言えるのは「ジーパンを穿いたことがない人」を探すほど、難しいことはないだろうということ。今ではファストファッションでも安価で、しかもしっかりした生地感のジーンズが楽しめるし、またどんなに服のトレンドが変わっても常に消えることがなく、そして世代や性別を超えてボトムス界のセンターポジションに鎮座し続ける永久的な定番だ。であるからして、現代では誰もジーンズを穿くことに何の気負いも感じないのだ。しかしその変遷を辿ってみると、単なる「ズボン」のはずだったジーンズが、実に多くを語ってくれるのである。

ブルーの肉厚なデニム生地で前合わせはジッパー(チャック)で金属のトップボタン。フロントは袋地が付いたポケットが2つと、右のポケットにはもうひとつ小さなポケットが付属し、そのポケットも含め、開口部の両端は鋲が打たれている。ヒップには縫い付けのポケットが2つ、ベルトを通すループが5本ないしは7本。これが一般的なジーパンのスペックだろうが、時代を一気に19世紀末まで巻き戻して、1890年代のジーパンと比べてみよう。

※画像はLVCの1880年復刻モデル

リヴェットを打った服、というエポックメイキング

見た目を引くのが右側にだけ縫い付けられたヒップポケット。理由は定かではないが、つまるところ1つで事足りていたのであろう。その開口部の両脇には剥き出しの鋲が打たれ、さらに生地が重なる股のクロッチも鋲打ち仕様。現代のジーパンは前述の通り、フロントポケットのみに鋲が打たれているが、この鋲打ちはすでに19世紀からあるということに、まずは注目したい。そもそも鋲――ここで初めてリヴェットという専門用語を使うが――を生地に直接打ち付けた服が他にないことにお気づきだろうか。スーツやドレスにリヴェットが穿たれていたら違和感しかないだろう。それくらい大胆なことを発明したのがヤコブ・デイヴィスという人物。そして彼とタッグを組んで ❝501❞ という銘品で名を挙げたのがリーヴァイ・ストラウス、つまり『リーバイス』だ。同ブランドについては別の機会を設けるとして、とにかくリヴェット打ちの服は突拍子もないアイデアではあったが、デニム生地とともに丈夫さに秀でていた。ではなぜ丈夫さが求められたかというとジーパン、もとい当時の呼び名でいうところの「ウエストバンド・オーヴァーオールズ」は作業着で、それを必要としていた多くが一獲千金を夢見て着の身着のままでヨーロッパから新大陸であるアメリカに渡り、過酷な肉体労働に従事する入植者だったから。

ゴールドラッシュという言葉を聞いたことがある方は多いだろう。ハンバーグ屋ではない。カリフォルニアで金が発掘されたことで、北米大陸の東部に集中していた入植者が家財道具を満載にして、西のカリフォルニアを目指した社会現象。彼らをして49ersというが、その現象は世界にも広がってカリフォルニアには世界中から移民の波が押し寄せた。とはいえこのゴールドラッシュで実際に富を得たのはほんの一握りで、多くは引き続き過酷な肉体労働に従事することになる。金山の他にも銀や鉄、原油などの鉱物資源を採取する現場で働く彼らの平服は、その労働ですぐにボロボロになってしまったことから、肉厚のコットンキャンバス生地にリヴェットを打ち込んだ作業着が重宝されたのは想像に難くない。

現在では、ジーパンはデイリーウェアとして定着し、またデニムより堅牢かつ大量生産できる作業服が進歩したこともあり、ワークの現場でジーパンを穿く機会は皆無だ。にもかかわらず、ジーパンのポケットにリヴェットが打ち続けられるのは、それだけこの仕様がエポックメイキングな出来事だったことを物語っている。

Part.2につづく


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