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日記:玄関前でコーヒーを飲む

風が怖くて外に出られない。「びゅうぅぅぅ」というという音は心臓の近くを突き抜けていき、イヤホンで流す音楽よりもずっと強くてもっと近い。皮膚に当たる感覚に布越しでも不安にさせられる。この風はもうレベル10だ。やばいやつだ。
世間では今日は春らしい爽やかな晴れの日なんだと思う。私はどうやら調子が最悪の手前なのでそんな世間とは隔離されてしまっている。ここ3日くらい外は怖くて仕方ない。

食材が欲しかったので午前中本気出してスーパーに出かけた。
ほんっっとに本気出した。
最短コースだと嫌な記憶を噴き出させる地雷だらけのゾーンを抜けねばならないので、U字を書くように遠回りした。歩いている時間で落ち着けたのは20%を切るくらいだったか。ほとんどは心臓が喉の根本くらいのとこにある、という感じがして苦しかった。どこかで聞いた”心臓が口から出そう”という表現はこういうことかもしれないが、さすがに口から出ちゃう感じはしなかった。ただ喉元でぎゅうっとしていた。
外にいる間中、「ふえぇぇ…」と情けないつぶやきが書かれた吹き出しをくっつけているみたいだった。誰かに頭を撫でられでもすれば「びえーーーん」と泣く用意は出来ていた。すんごい疲れた。


帰ったらうつ伏せで寝ようとそればかり願って帰路を急いだが、コーヒーを入れている間に心臓はどっかにいって自分の感覚が戻ってきた。ついでに玄関前の鉢植えに水をあげていたら、”ここはすごく居心地がいい”と気づいて、しばらく丸まっていた。
日当たりがいいそこは、庭が見えるけど庭の中には属しておらず、ほんの一段高くなっていて、敷き詰められたタイルから砂利へ、ぼんやりと空間が空いている。ときどき通り過ぎる人や自転車が見えるのがひきこもりの私にちょうどいい。自分にとっては家の中と外の世界の、中間のような空間だと感じる。そして祖母の作った花壇が門まで続くのが見える。

色々移動してみたが、結局玄関前が一番やんわりして居られるのでコーヒーを飲みながら日記を書くことにしてみた。
ここで聞こえる風の音は少し穏やかさを含んでいる気がする。冒頭に書いた「びゅうぅぅぅ」ではない。鳥がなんか鳴いていて可愛いが意味は分からない。蝶が飛んできて鉢植えの葉に何かしようとしてるので、「ちょ、ほんっとやめて。今育ててんだから!」と言っておいた。開いている戸から知らん虫が入ってきたので、虫コナーズ的なやつ置いた方がいいのを人生で初めて実感する。名前を知らない花壇の花が揺れている。

花を育てることに興味がなく花壇は放りっぱなしなのだが、そこは毎年決まったように何かが咲いて華やいでいる。祖母が暮らしていた間念入りに手入れしたのがうかがえる。彼女がそこに花壇をこしらえ大事にしていた理由が、何となく分からないでもない。この家を自分や家族にとって居心地のいい空間にする、そこでの日々が満ち足りるように、ひとつひとつ積み重ねたのだと思う。私は今その恩恵にあずかっている。
こういう時間を”自分のために休む”というのかもしれない。


祖母に会いたい。
蝶がまた来ている。そこはほんとやめて。

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