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とどめの愛撫で 3



本人は頼っていないつもりだが、結局のところ宇田さんは結構僕に頼っている、と神谷は思う。


しばらく天井を見つめてから起き上がり、遮光のカーテンを引くと、目の前でカラスか何か、鳥が飛び立つのが見えた。


眩しい。

窓のすぐ外には小さな公園があり、その奥には最近改築したばかりの小綺麗な団地が続いている。



神谷はテレビのスイッチを入れ、冷蔵庫から麦茶の入ったポットを取り出した。

"おはようございます
7月14日のお天気をお知らせします"


3年前に大学の先輩からもらった24インチの小型テレビは、部屋の静寂をごまかすためだけに存在していた。



昔から静寂には耐えきれない。


人と一緒の時に無言なのは構わないが、1人でいる時の静寂は最悪だった。



氷を3つ入れてから、麦茶を注ぐ。絵里は実家で麦茶を飲んだことがないと言うが、そんなことがあり得るだろうか、と神谷は思う。

子供の頃から、夏の思い出はいつも麦茶と共にあったのに。




ホーホッホーホーホッホー
窓の外から聞き慣れた律動が侵入してくる。


キジバトの鳴き声には、誰しも思い入れというか、なんとなく落ち着く感じだったり、逆に不安な感じだったり、何か感情に訴えかけられるものがあるんじゃないかと思う。

神谷にとっては、初めて一人暮らしを始めたシケた住宅街の、早朝の音だ。あの頃は、田舎だけで聞く声だと思い込んでいたから、なんとなくガッカリしたような気持ちになった。


神谷はTシャツとジーンズに着替えながら、宇田さんに会う前に霊園へ寄ろう、と思った。



時々そうして、都内の霊園へ行く。
誰かの墓を訪れるわけではない。

巨大で、だけど整然と、静かに、区画が並んでいる光景が好きだった。


昔から「集まっている」というのは好きだ。


団地の敷地内を散歩するのも好きだったし、街の雑踏の中に身を置くのも落ち着いた。満員電車すら、不思議と嫌いではなかった。



手に取った自転車の鍵には、自転車屋でもらった光るキーホルダーと、絵里からもらった猫の形の鈴をつけている。白色の塗装メッキが剥がれたそいつは、ぶち猫のように見えた。



外に出ると、通勤通学の人の足音と鳥の鳴き声が朝の住宅街で競走するようにこだまする。



その鼓動は僕を緊張させ、急かし、宇田さんをどうにかしたいという僕の気持ちとい交ぜになって、体の奥に呑み込まれていった。





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