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5. 宙ぶらりんの告白。


『蒼ちゃん、俺の本名、たけるっていうんだ。』


私はその日、海の本当の名前を知った。

「そんなの、なんで私に言うんですか。」

距離を詰めるくせに後から責任を負えなくなるのなら、そんな優しさは要らない。


『蒼ちゃんのことが、大切だから。』

海、尊は私の目をまっすぐ見つめる。
瞳が勝手に揺れて、うまく海を捉えられない。

『蒼ちゃんは、違うのかな。』


あおじゃなくて、あおいです。」


尊の指が私の首すじに触れる。



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8月6日の午前0時、日付が変わる。
8月7日、尊との電話は3回目だった。

マンションの外に出て、目の前の交番を見つめながらベンチに座る。
いつもは、今日あったこと、仕事のこと、たわいもないことを話す。

お互いの声を確かめるように、ゆっくりと話す。


対面では憚られるような、電話でしか聞けることもあった。
それはたったひとつの質問からはじまる。


「尊さん、結婚してないんですか。私、不倫だけは許せないので、先に言ってください。」


不倫に関わる話になると、私はいつも口調がキツくなる。
いつまでも純愛ごっこをしているつもりの幼稚な不倫男女は、今すぐ罰せられるべきなのだ。自分の父親も含めて。



『本当に結婚してないよ。していたこともない。子供もいない。』


私の考えていることが分かったんだろう、尊が続ける。

『彼女とかパートナーもいないよ。数年前にさよならしたから。』


女に優しく、若く見え、仕事もあるが、40歳半ばにして1度も結婚していない。この男が確実に抱えているであろう問題を直視するのが恐ろしかった。


『結婚できないのには理由がある。葵ちゃんも、これで離れていくかもしれない。』


私が聞きたくても聞けなかったこと。

鼓動が速まる。


続く言葉を待つ時間がとてつもなく長く感じる。


『スワッピングって知ってる?お互いパートナーを交換して他の人のセックスを見ながらするんだよ。俺は、それでしか満足できない。』



「そうなんだ。」


あまり頭が回らなかった。
不倫よりかマシな気がした。



それの何がいいのか、全く理解できなかったけど、とりあえず何でもないフリをした。


父の口から、異母弟がいることを知らされた時と全く同じだ。


”そうなんだ”


私はあの時も、大した問題ではないかのように強がって返事をした。


あの時泣いて非難できたら、どれだけ楽だっただろう。




『葵ちゃんが他の男の人にエッチなことされて感じてるところが見たい。俺の性癖、ついてこれる?』


それは聞こえのいいスワッピングの言い訳で、私にすれば「好きな男が知らない女とセックスしているのを隣で見る」のは苦痛でしかなかった。被虐的。心の底から憎んでいた不倫や浮気と、状況は似ている。


でも、その場ですぐに尊を拒絶する勇気もなかった。



「やってみないと分からないし、考えてみる。」

精一杯の、私の答え。
通話時間は1時間を優に超えていた。


受け止めきれないまま、宙にぶら下がったままの告白。


どうやったらこの揺れは収まってくれるだろう。
時間が解決してくれるだろうか。



私のキャパが、もっと狭ければ良かった。
そんなこと出来ないと、拒絶できれば良かった。






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