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【実録】愛してくれると、信じたかった。

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何千人もの女性を救ってきた女風セラピストは、私を幸せにはしてくれなかった。 彼が私に見せた、歪んだ性癖。 スワッピングに乱交パーティ、欲望渦巻くディープな世界で、私たちは…
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#眠れない夜に

27. 落陽のオーケストラ 【完】

尊と2人で、シンジのコンサートに招待された。 あの日、都心の大きなコンサートホールは満員御礼だった。彼の作品が、たくさんの人の心に届いている証だ。 私もシンジの音楽が好きだった。 実際に彼と出会う、ずっと前から。 尊がギリギリに到着するというので、一人で建物に入ると、すでに中は多くの人で賑わっていた。 私は、明るいエレベーターホールで1人、これまでのことについて考えを巡らせる。 これが最後の夜になると分かっていた。シンジにも皆にも、そして尊に会うのも、これっきりだろ

25. 意味なんか、なかった。

尊と2人で外を歩いていると、「海」のお客さんとすれ違うことがある。 常連さんは大抵旦那さんと一緒に歩いていた。尊は「向こうは気づいてなかったよ」と言うが、そうだろうか。この人は大切なことに気づかない。旦那さんは、奥さんが女風を利用するのをどう思うだろう。風俗が必要な時もあるんだ。必ず上手く機能する訳じゃないけど、女風がいくつもの婚姻関係を救っているのも事実だと思う。 婚姻関係といえば、パーティーにも時々、新婚の女が来ることがあった。 『ハルくん、久しぶり~!』 高い声

24. 愛しさの記憶

愛しいところより、 嫌いなところの方が多かった。 嫌いなところより、 分からないことの方が多かった。 それでも離れられなかったのは、 どこかで信じたかったからだろう。 いつか。 愛してくれると、信じたかったからだ。 クリスマスイヴに2人で過ごした日のことは、よく覚えている。 あの日は、尊の同僚とその奥さんも一緒に4人でコンサートに行った。私は奥さんになんとなく紹介されて、たわいもない話をした。まるで普通のダブルデートみたいな顔をして。 2人と解散してから、恋人繋

23. あぁ、嫌だ。痛い。嫌だ嫌だ

偶然シンジと会った数日後、 私たちはまた、彼のマンションにいた。 今度は「みんな」で。 隣のベッドでハルとかほちゃんがセックスしている。私が目をやっても、ハルはこちらを見てくれない。 あぁ、すごい苦しみだ。 私は一生懸命、目の前の相手に集中する。 だめだ。 余計に辛い。 こういうとき、私は公共の交通機関を利用している自分を想像した。おかしな話に聞こえるかもしれないが、具体的な駅の名前や構内図を詳細に想像できるから、簡単に気を紛らわせて気に入っていた。 男のサイズ

22. 苦しみを与えるために

≪ 21. 早朝のナイトクラビング 私とシンジがセックスすること自体は、尊も皆も当然知っている、というか見ているわけで、お互いのパートナーも特段咎めることではないけれど、これはあまり良い状況ではない。 本当に2人きりになるのはこれが初めてだった。 シンジの家には油彩から立体まで様々なアートが置かれていたが、私は一度もそれに触れなかった。音楽だけじゃなく芸術全般が好きなんだろう、でも私は、これ以上何か共通点を持つのが怖かったんだと思う。 『ハルくんのキス、いいよね。咥え

21. 早朝のナイトクラビング

≪ 20. 新たな始まり 「ハルくん、いないとダメ?」 広い玄関で、シンジの声が響く。 「え?いや、」 私は振り返る。 「コーヒー、飲む?」 彼は私を遮り、靴を脱いでリビングに向かう。 私は望んで、シンジに流されていた。 私がソファに座ると、キッチンから声がする。 「ハルくんはいないよ」 パートナー以外と外で会うのはルール違反。 そう、尊から聞かされていた。 2人で会っていいんですか、なんてバカ真面目な質問はできず、私は聞くタイミングを完全に失ってしま

19. 泣く故郷

尊は、自分からはほとんどキスをしなかった。 仕事で唇を酷使しているから常に痛いと言って、プライベートではあまりしてくれない。 尊のキスは、視界が揺らいで、とろけて、腰が粉々になってしまう。 愛されている、と勘違いさせるキス。 愛してくれる、と期待させるキス。 全身がゾワゾワとして声が抑えられない、眉間に皺が寄ってしまう、そんなキス。やらかく、優しくて、相手の体を啄む。トロトロになって、気持ちよくて、何も考えられなくなった。 相手のことが本当に好きだったら、身体中を愛

17. 蛇男

≪ 16. 人は人を捨てられないのに。 初めてハプニングバーに行ったのは、遅い夏の終わりだった。 その頃私は、もうほとんどの時間を新宿で過ごしていたと思う。もう何度も尊の部屋に泊まって、一緒にテレビを見て、私が夕飯を作ったりした。 尊は、若い頃からハプバー通いが激しかったらしい。パートナーがいたつい最近まで、よく足を運んでいたと言う。クローズドパーティの仲間にも、そういう場所で出会ったようだった。 行きつけだった場所でハロウィンパーティのイベントがあって、それが私のハ

14. 私を見つけて

≪ 13. 欲求を満たす喉の痣。 リビングルームで、初めて2人きりになった。 『ハルがしてるとこ見た?興奮しなかった?』 シンジは電子タバコを口に咥えながら、私に訊ねる。 「…いえ」 私が力なく言うと、 シンジは私をまっすぐ見つめて 『かわいそうに』 と小声で呟いた。 『ハマったら、もうたまんなくなるよ』 少し間をおいて溜息混じりに発せられた言葉。 シンジは、世間ではかなり名の知れた作曲家だった。 繊細で、人の心を搔き乱し、心を溶かす。 私は彼に出会う

11. 「みんな」との始まり

パーティーの主催者は「シンジ」としよう。 世間では、かなり名の知れた作曲家だった。 海を初めて金で買った日、私がホテルで流していたのも彼の音楽だ。 シンジの音楽は、私を一瞬で別世界へ攫ってくれる。私は、これ以上に音楽を欲したことがない。 後から思い出してみると、私は尊よりも、この男に必要とされかった気がする。でも、この男の話はまた少し後。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 初めての夜、私は静かに迎え入れられた

10. いらっしゃい。

9月26日、19時40分。 前の予定とうまく時間が合わず、待ち合わせの20分前に歌舞伎町に着いてしまう。店に入るには時間がない。ウィンドウショッピングするような気分でもない。 路地裏で時間を潰すとき、新宿区役所脇の駐輪場は私のお気に入りの場所だった。ガードレールに寄りかかる。歌舞伎町でも比較的静かな場所で客引きもいないから、徒然に過ごすにはちょうど良かった。 待つ時間が長ければ、区役所横のルノアールと決まっている。 夜の仕事をしている人たちも多く、ほかの店舗とは全く違

9. できるなら、都庁北展望台で。

私は尊と一緒にいた頃、よく占いに行っていた。 人は本当の意味で何かに迷っているとき、占いには行かない。 たぶん、そういう風にできている。 どうした方がいいか分かっていても、それでも後押しして欲しいときに行くのだ。 尊と一緒にいて幸せになるはずないのに、それでも後押しして欲しくて行くのだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たちはよく、都庁北展望台で待ち合わせをした。 彼に会うために待ち合わせたのではなく、

6. 恋人じゃない、特別な人

尊はいつも、新宿駅東口のタクシー乗り場で私を拾った。 初めて車で迎えに来てくれた時は、彼の「特別」になれた気がして嬉しかったのを覚えている。 私がお金を払って「海」に会ったのは2回だけで、その後は尊が車で迎えに来るようになった。ご飯や美術館、舞台、もちろんホテルにも行った。 新宿駅前を車で走るのは新鮮だった。 何度も来ているのに知らない街に来たような、ふわふわした変な気持ちになる。 人が多くて、車と通行人の距離もかなり近い。 しかもなかなか進まないから、一人ひとりの顔

5. 宙ぶらりんの告白。

『蒼ちゃん、俺の本名、尊っていうんだ。』 私はその日、海の本当の名前を知った。 「そんなの、なんで私に言うんですか。」 距離を詰めるくせに後から責任を負えなくなるのなら、そんな優しさは要らない。 『蒼ちゃんのことが、大切だから。』 海、尊は私の目をまっすぐ見つめる。 瞳が勝手に揺れて、うまく海を捉えられない。 『蒼ちゃんは、違うのかな。』 「蒼じゃなくて、葵です。」 尊の指が私の首すじに触れる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・