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なんでもない夜を越えるために:努力クラブ第17回公演『ゲームコーナー』

 この人と、今夜どうなるのか。「そんなこと考えてもいません」みたいな顔で、儀式のような食事をして意志を探り合う時間――その時間がいちばん楽しい、あるいは、いちばんしょうもない。

 努力クラブ第17回公演『ゲームコーナー』の出演者は3人だけである。佐々木峻一が演じるアーケードゲームを攻略したい男(たかしくん)、乱痴パックが演じるゲームセンターから帰りたい女(なっちゃん)、岩越信之介が演じる車に乗せて帰ってもらえないかと女から頼まれる若い男。3人だけの会話によって――大きな動作や所作はほとんどないまま――演劇は進行する。

 いずれの会話も2人でのみ行われる。スト2の筐体から目を離さないたかしくんに、背後から話しかけるなっちゃん。運転する男の助手席に座り、話しかけるなっちゃん。どちらの2人も同じ方向を向いたまま会話は進行する。これは前作(※1)『おびえているね』での、対峙する2人による会話劇とは対照的だ(※2)。なっちゃんのことを邪険に扱うたかしくんも、なっちゃんの婉曲な誘いを交わし続ける男も、どちらも文字通りなっちゃんというひとりの人間と向き合うことを回避している。

 結局、男はなっちゃんを家に連れ帰ることになるのだが、そこでもなかなか向き合おうとはしない。玄関で2人並んだ状態で話し続け、ようやく部屋に入ってもベッドのそばで横並びのまま話し続ける。なっちゃんが男に密着するように近づくと、それから逃げるように対峙する位置に移動する――ここでようやく、男はなっちゃんと対峙せざるを得なくなる。

 しかし、ひとりの人間と向き合うことを拒否し続けているのは男だけではない。男はなっちゃんに、ゲームセンターでなぜ他でもない自分に声をかけたのかと問う。そしてなっちゃんに、誰とでも「こういうこと」をするのかとも問う。なっちゃんは、男を選んだことに特に理由はないし、知らない男とそうなってしまうことは珍しいことではないと答える。男が特別な存在で、一緒に過ごす時間が非日常だとは決して答えない。男に名前を聞くこともない。特別な存在でありたい、この夜が特別な時間であってほしいと願う男を識別するための記号を、なっちゃんは与えない。生殺与奪の権は男が握っているようで、状況の主導権は女が握っている。

 男もなっちゃんも、社会規範とジェンダーロールを従順に守り続けている。男は運転がうまい、女が危ない目に遭わないように男が守らなければならない、女は男の一歩後ろを歩くべき、付き合う前に奢ってもらう場合は申し訳なさそうにしなければならない、はじめてのデートはラーメンじゃない方がいい、女の身体は一宿一飯の対価となり得る……。男となっちゃんは、なんとか時間をかけて物理的な体勢としては向き合ったものの、がんじがらめの制約のなかで行動しているにすぎない。生身の人間でありながら、まるで「スト2」のCPUプレイヤーかのように。

 しかし、登場人物たちに感情や思いがないわけではない。特になっちゃんの心情はセリフを通して雄弁に語られ、さらに視覚的にも表現される。たかしくんに別れを告げるまで、舞台上にはたかしくんが居続ける。俳優による動作や言葉がなくても、後ろ姿として舞台上に存在しつづけることで、観客はたかしくんを忘れることはできない。このことは、なっちゃんにとって、たかしくんの存在がまだ頭の中に在ることを示しているように思える。明確に舞台から退場するとき、観客はなっちゃんの頭の中からもたかしくんの存在が退場したことを認識する。同じように、舞台中央にあるゲームセンターのベンチでなっちゃんが男に車に乗せてほしいと声をかける時、舞台の下手にあるベッドがぼんやりと観客の視界に入る。整然としていない生々しい掛け布団から、予感めいたものを感じずにはいられないだろう。

 さまざまな思惑が目まぐるしく頭の中を駆け巡りながらも、社会になじむために逸脱しない男と女。公の場であるゲームセンターではもちろん紳士淑女としてふるまう。外からは見えるものの音は聞こえない車の中でもそれは続き、誰にも見えない聞こえない自室であってもそれを維持しようとする。しかし、ことが終わってしまえば、ルールは曖昧になる。男の無知を「かわいい」と女が言う場面は、明らかに期待されるジェンダーロールの逆転だろう。しかしその逆転は長くは続かず、お菓子を「買ってきてあげる」約束をして公演が終わる。

 電気を消して真っ暗になった部屋で、ふたりはまた横並びになっていたのか、向き合っていたのかは分からない。ただ特別なことは何も起こらないまま、夜はふける。そうして捨ててしまいたいような夜でもなく、宝物のような夜でもない、なんでもない夜を越える。

※1
第●回公演としてはカウントされていない。「火曜日のゲキジョウ」で上演された。

※2
位置関係は対照的であるが、今作でも引き続き、男の言葉にならない感情は手によって表現されていたように思う。

▼『おびえているね』のレビューはこちら


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