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この命にありがとう🍎

キタイチ果樹園の今シーズンの「復興りんご」ですが、無事に完売することができました。食べてりんごの輪を広げてくださったみなさま、大切な人へのギフトに選んでいただいた方々、ずっとそばで応援してくれていたみなさま、あらためまして感謝しています。今季は2021年10月から産地直送でお届けさせてもらっていましたが、旬の時期の最後の最後まで、自然の恵みを味わい楽しんでいただけましたこと本当に嬉しいです。また、これから書く内容は、2019年台風19号の災害のことです。もしよければお読みいただき、被災地のりんご農家のことをより深く知ってもらえたらと思っています。

2019年10月にあった台風19号の豪雨の影響により、長野県の千曲川堤防が決壊。両親が営む大正時代創業の100年以上続くりんご農園「キタイチ果樹園」と実家は、決壊地点から約1kmの場所にありました。住居、畑、作業場は約2m浸水し、家屋は全壊、畑は3分の2以上が泥沼に。農家が多いこの地域の農地は壊滅的な状態で、家やりんごの木が流され、命を落としてしまう人も。想像をはるかに超える大災害が起きてしまいました。

当時の私は東京を拠点に会社経営をしていたので、堤防が決壊したことをニュース映像で知りました。生まれ育った故郷が、津波が押し寄せたような浸水被害にあっており、信じることが全くできなかったです。両親が無事だったのは、母親の友人からの避難勧告のおかげでした。深夜2時に電話をもらい、近くの学校の体育館に避難。3時には千曲川堤防が決壊し越水、4時頃には実家は浸水したと推測できます。地元の友達の中には、避難が遅れて家から出れずに家の2階に逃げヘリで救助された友達、車で避難してる最中に水が押し寄せてきたために車から降り、近くの家まで泳ぐことで助かった友達もいます。身近な人が被災してしまい、想像もつかなかった恐ろしいことが起きてしまいました。家族の命が無事であったことだけが救いでした。

被災後はすぐに長野に拠点を移し、復興活動に力を尽くしました。長野市赤沼・穂保地区の被害は絶望的な状態で、住居はほとんどが浸水し全壊、半壊。北澤家の農機具・車・生活用品など多くが泥にかぶってしまい、大事な思い出のものも廃棄することになりました。畳やフローリングは剥がして、床下から手作業で泥出しをしました。落ち込んでいる時間や余裕はなく、ひたすら復旧作業に動き回るのに必死でした。

12月頃から、被災を免れたりんご畑が一部あったので、収穫することを決めます。泥出し・片付け・掃除は、どれだけやっても先がみえない状態でしたが、りんごの収穫は年末までに終えることができました。年明け1月からは、自分にやれることから一歩前に踏み出そうと、Facebook・Twitter・Instagramなど様々なSNSを通じてりんごを拡散。生き残ったりんご達を「復興りんご」と名付け、被災地や農家の状況を合わせて、情報を発信し続けました。友人に買っていただき、応援の輪やりんごの口コミを広げてもらうことができたので、続々と注文が入るようになりました。親戚・ご近所・職場・行きつけの飲食店など親しい方にお勧めしてもらえたこと、食べてもらうだけでもありがたかったのに味も美味しいと絶賛していただけたことは、とても嬉しくありがたいかぎりでした。こうした活動をみてテレビ、新聞、ラジオなどメディアから取材が入り、取り上げてもいただきました。みなさんとの一人一人とのかけがえのないやりとりは、キタイチ果樹園の背中をそっとずっと押してくれていました。

そして、今季で被災から2回の収穫期を迎えることができました。1回目の昨年は無事に収穫量を回復させることができ、こちらも多くの人のご協力とご支援のおかげで完売。しかし、2回目の今季は、台風の被害こそありませんでしたが、凍霜害(とうそうがい)という春先の気温の低下により、りんごの花や蕾が枯れてしまう問題がありました。結果、今シーズンの収穫量は昨年に比べると半減してしまい、果実の出来栄えも例年に比べると劣ってしまいました。それでも、ご縁のあった方々からの心あたたかな声援がりんごの生命力につながり、一定量は召し上がっていただけるものを作ることができました。それから、今季は北京オリンピックに出場した小平選手との交流も数多くのメディアさんに特集してもらったことも大変光栄なことでした。遠く離れていても被災地のことを気にかけていただいたみなさんに、旬の時期に新鮮なものをと、感謝の気持ちを込めて贈った信州の名産物。ご縁のあったすべての方に喜んでもらえていましたらなによりです。

最後になりますが、みなさんからもらったメッセージと手紙や投稿を見返すことで、いつも力が湧いてきて笑顔になります。挫けそうになった日をくつがえすような光り輝く希望をくれたこと、本当に本当に感謝しています。言葉では伝えきれない我が家のこの胸のあたたかさを、果物に込めながら、りんごを通じてみんなが喜ぶ体験を作ってまいります。りんごといえば長野県の生産者の『キタイチ果樹園』と言ってもらえる農家となっていきたいです。

被災にあったこと、生かされたこと、辛く悔しかったこと、みなさんと出会ったこと、応援をもらったこと、すべてに意味があったと感じます。恩返しのかわりの復興りんご。これからも精一杯がんばっていきますので、末長くどうかよろしくお願いします。

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