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大事な人達には幸せでいて欲しい

⚠今回のnoteは先日亡くなられた芸能人の方について触れています。ニュースで言われていた内容も触れているのと、私の個人定期な気持ちの整理用なので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。まとまりきれない文章ですが、ご容赦ください。


この精神状態になってから、周りの人が精神不安定そうだったり、誰かの訃報を聞くことが怖くなった。ザワザワする気持ちになるようになった。特に今回は かなりザワザワしてしまった時の話。

私がその方の訃報を知ったのは、友達からのLINEだった。最初は、人物名だけしか送られてきていなくて、「結婚でもしたのかな?それとも、番組に出たのかな?」と思っていた。出先だったこともあって、友達からの連絡を見てから調べようとは思わなかった。しばらく経って、落ち着いてからSNSのニュースを見た。信じられなかったし、すごくすごく驚いた。

私にとって、彼は特別ファンというわけではないけれど、何もかも上手くいっているように見えていた。演技も上手いし、バラエティで話すことも卒なくこなすイメージだった。舞台は観たこと無かったけれど、ドラマは何個か観ていて面白かった。バラエティでもニコニコと受け答えしていて、この間もカマキリが苦手と言いながら日本の伝統工芸の講師みたいなことをしていた。熱愛や金銭などの面でスキャンダルを起こしている印象も無かったし、「この人はこれからもたくさん表舞台に出るんだろうな」と信じてやまなかった。そんな彼の突然の訃報はあまりにもショックが大きかった。

最初は、驚きの方が強かったけれど、次々にネットにあがってくるニュースを見て、死因を知った時に愕然としてしまった。事故や病死なら、まだ「とても残念だけど、状況的に仕方が無かったのかな…。生きたかったよね、お疲れ様でした…」という気持ちになる。それに、有名人の訃報でも病死や事故は結構多い。しかし、自殺というワードはあまりにも重く、また自分が良く観ていてキラキラしていた有名人がそうなったのは初めてだった。そして、私の周りで自殺した方もいないため、いきなり「自殺」というワードが現実に迫ってきた感じがした。

以前のnoteにも綴っているように、私は会社関係のことで精神的に打たれ弱くなってしまった。前までなら、残念には思っただろうけれど、そこまで落ち込むほど引っ張られたりはしなかったと思う。しかし、今回はどうしても自分の姿も重ねてしまって、すごく引きずっている。その事を吐き出したくて、noteに綴った。これから、先の文は私の憶測や感情に過ぎない。



彼は、首を吊って自殺した。とニュースで知った。遺書らしきものも見つかっている、と聞いた。私も大学やネットでの齧りかけのことくらいしか知らないけれど、「死ぬのには何だって苦痛が伴うものではあるが、首吊りは最も身近に起きやすいし失敗もしにくい。が、失敗したら一生の後遺症を負うことになるし、見た目もドラマの様に綺麗には死ねないよ」という話を聞いたことがある。一般人の私からしたら、才能もあって輝かしい未来も功績もあったはずの彼は一体どんな苦悩を抱えていたのだろう、と思った。無責任なことを言えば、もったいない!とも。
でも、反対に案外、何も思っていなかったのかもしれないとも思った。
私がその前の会社に居て、本気で精神面がやられていた時、自分がそこまでヤバいとも思っていなかった。それが、たとえ周りから「どんどん前と変わってきてるし、変だぞ」と言われようとも。突然、涙が出てきたとしても。私は変だなんて思っていなかった。周りが頑張ってるんだから当たり前だと思っていたし、帰りにはスッキリしているから単なるイヤイヤ病だと思っていた。でも、今思えば、会社に行く前に「今ここで誰かが私にぶつかって線路に落ちないかしら」「私が倒れたら会社に行かなくて済むかしら」とか考えていたの、普通に危ないなと思う。しかし、これも「死にたい」と思っているわけではないのだ。ただ、目の前のことから逃れるためにはどうしたらいいかを考えた時に初めて「自殺」に近い手段だっただけで。
もしかしたら、彼もふとそうなってしまったのかもしれないな、と。クローゼットの中だと聞いた。私もなんだけれど、落ち込んでしまった時に狭い場所に籠ると少し安心する。もしかしたら、彼も普段からそうで、たまたま見上げたらバーがあって…みたいな感じだったのではないかと考えてしまった。元々、死んでしまった時用に遺書関係は残していたかもしれないけれど、その決意をしたタイミングがたまたまその日だったんじゃないかとか。
本人にしか分からない苦悩でもあるし、「逃げればよかった」「辞めてしまえばよかった」は結果論と心に余裕がある人の言葉だと思っている。潔くスッパリ辞めてしまえればいいけれど、その人の人生はまだまだ続く。周りの迷惑や「本当にこんなことして良いのだろうか…」と悩みだしたら結局ズルズルといってしまう。それで、ある日、突然ブツッっと切れてどうしようもなくなってしまう瞬間は誰にだってあるものだと思っている。

それと同時に、「1人で怖くなかっただろうか、寂しくなかっただろうか」「クローゼットの中だから、暗くて不安も増したのかな」「死ぬのも勇気がいると思うけれど、それほどまでに彼が嫌だった辛かったことがあったのだろうか」「彼は、命を断つことで少しでも楽になれたのかしら」とか、深く考えてしまう。全く関係ないはずの私でも、そんなところを想像してしまう。彼は、最後、どんな景色や誰を思い浮かべたんだろう、最後に何か1つでも良いものを思い出せただろうかとか。
私も精神状態が不安定な時もあるから、明日は自分がそう思ってしまったらどうしよう。
そんな風にグルグルしていたら、暗闇とクローゼットやしっかりした棒、紐類が怖くなってしまった。

そんなことを考えていたら、私の周りの人がいつ、そうなってしまうだろう…そうならないで欲しい…と猛烈に言い様のない不安を感じてしまった。上手く言えないけれど、今楽しそうに話していたり、連絡している人も明日、急に何もかも嫌になって目の前から居なくなってしまうかもしれない。ずっと、ずっと、彼の姿やニュースの見出しが頭から離れない。考えていると怖くて怖くて堪らなかった。その日は、元々、友達と電話をする予定で本当に良かったなと思った。

さらに、勝手にどこか、私の大切な人も彼に当てはまる気がしてきて(というか、面影を感じてしまって)、その夜に電話した。怖くて怖くて堪らない、と伝えた。正直、何も意味はわからなかったと思うけれど、ちゃんと話を聞いてくれた。何なら、「置いていかないで」なんて無茶苦茶なことまで言った。それに対して、「離れないよ、あなたを置いていかないよ」と言われて、怖さは完全には消えなかったけれど、泣きそうなくらい嬉しかった。

私は自分の周りや好きな人達を失うのが怖い。事故や事件や災害で失うのも怖いけれど、何よりも自分で命を絶たれた時が1番ショックを受ける気がする。皆、出来れば、幸せに生きて、楽に死んで欲しい。苦しみを抱えたまま、いなくならないで欲しい。そんな、私のわがままを言いたい。


長々と今回もありがとうございました。今回はこの数日で私の心で抱えていたものを吐き出すためにnoteを使わせていただきました。かなりの憶測も入っているので、あんまり深読みしないで欲しいですが…。
日本でも海外でも、かなり有名で、大抵の年代が知っている芸能人が亡くなることは誰にとってもショックなことではあると思います。私もまだまだ気持ちが落ち着いていません。死因が死因なだけに、私のように気持ちが騒ついた方も少なくないと思います。コロナでなかなか思うように外に出られないことで不安が増した方も多いと思います(少なくとも、私は結構それが強いです……)。
今日の写真は、この間撮った海の写真です。
ではまた!

最後になりましたが、今回、話の中で扱わさせていただいた方のご冥福をお祈りいたします。
あなたの事は「14歳の母」で知りました。気弱そうで、責任感も薄そうな少年がだんだん父親としても成長していく演技に圧倒されました。「ごくせん」も「Two Weeks」も観ていて、すごく演技の幅がある方だなぁと思っていました。屈託のない笑顔も、バラエティで日本の工芸品を話している時も素敵な方だなと感じていました。他にも作品で「これも良かったよね!」と言いたいのですが、長引くので、今回はここでお仕舞いとさせていただきます。
あなたの姿が見られないのは残念でなりませんが、どうか、どこかで笑っていられますよう、お祈りしています。

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