ぬいであらって new way a lot wear 《短編小説》
【文字数:約3,200文字 = 本編 2,700 + あとがき 500】
回る洗濯槽を眺めながら缶のプルトップを引き上げる。封じ込められていた炭酸が逃げ道を得て、「カシュッ」と歓喜の声を上げる。
帰宅してベッドにもたれかかる部屋着のスウェットに着替えようとしたけれど、手に取ってすぐに新しいものに替えようと決め、1週間を共にした彼らは洗濯槽の中で踊っていた。
たいして面白くもないのに、なぜだか目を離せない。
だらだらと暑さの続いた秋顔の夏も去り、汗をかかないマネキンもしくはトルソーになりたい願望も消えて部屋着を洗う頻度も減ったから、こんなことを楽しむ余裕が出たのだろうか。
「まわる~ま~わる~よ、わたし~はまわ~る~」
どこかで聞いた曲を適当に替えて歌い、回る洗濯物を眺めながら缶に口をつける。ちょっとした望遠鏡みたいなロング缶は、飲んだ人間をダメにする薬品でありながら合法的に売られている。
先週、通勤途中で見かけた事故は飲酒運転によるものらしい。
なんとなく気になって帰りに調べてみたけれど、地名や日付から検索をかけないと出てこない小さな記事だった。
『運転手は忘年会から帰宅する途中で意識を失い、歩道に突っ込む前に覚醒してハンドルを切り、そのままブロック塀に衝突した模様。歩行者にケガはなかったものの、運転手はその場で死亡が確認された』
職業や氏名をのぞけば2行で終わり、きっと別の大きなニュースですぐに忘れられるのだろう。
帰りに事故現場を見たら車は片付いており、ブロック塀を隠すブルーシートだけが周囲の風景から浮き上がり、ひどい違和感を発していた。
世界とは関係なく洗濯槽は回り続け、自分の1週間が洗い流されていく。
事前に取引先と確認していた契約内容について、いきなり変更を言い出されて酷い1週間だった。ハシゴを外され内心で憤慨しながらも、わかりました、と答えるのが模範的な大人であり、口調にトゲを仕込むくらいが限度だろう。
見えない汚泥が洗い流されるのと同時に合成香料で良い香りを与えられ、汚れものは息を吹き返す。
一方で風呂に入り汚れを落とした人間は、はたして息を吹き返しているのだろうか。
朝に目覚めたところで前日の記憶を忘れることはなく、昨日と同じ部屋着は脱いだままの姿形で部屋にいる。
そのときポケットに入れていたスマートフォンが鳴り、画面を見て通話のボタンをタップして、すぐに音声をスピーカーに切り替える。
≪おっす、もうメシ食ったか?≫
「まだ食ってない。というか、お前は俺のオカンなのか?」
≪お肉ばっかり食べて野菜も食べなきゃダメじゃないの≫
わざとらしく作った声に苦笑してから缶を傾け、水飲み鳥みたいに戻す。
「それで、どうかしたのか?」
聞いておきながらスマートフォンを洗濯機に近づける。
≪地味にうるせぇ≫
「そろそろ買い替えの時期なのかもな。あ、もしかして引越しするから洗濯機くれるとかって話か?」
期待半分の思いつきを口にしたら、しばらくの無言を挟んで声がした。
≪まぁそうなんだけど……なんか言い当てられるとこわいな≫
「あたしとあなたは離れていてもつながっているの」
さっきのお返しとばかりに声を作り、「なかなかにキモいな」との高評価を頂いた。
「でも引越しするにしたって前からそんなに時間たってないだろ。隣人トラブルでも起こしたのか?」
≪俺が元凶みたいに言うなよ。そうじゃなくて≫
ふたたび無言が挟まれ、洗濯機の回る音がそれを埋める。
≪……地元に帰ろうと思って≫
口調からして前向きなものとは思えず、それなりの間を置いてから「マジか」と言った。
≪ちょっと店を続けるのはムリだなって≫
「休んだ補填金とか、そういうのが入ったって言ってなかったか?」
≪あれで一息はつけたけど、やっぱ水面がそもそも上がったっていうか≫
洗濯機が止まり水位が低下して、汚れた水が排水溝に流されていく。通りが良くないせいでゴポゴポと不気味な音を立てながら、自分の1週間が流れていく。
「オフィスとかも空室が多くなってるって聞くもんな」
≪それもあるだろうけど余裕が減ったなって、注文を見てると思うわけ≫
濡れた衣類を脱水するべく回り始めた洗濯槽は、錘となる洗い水がないことで軽快な円舞を踊る。
「俺もそれは感じるな。安くない買い物だから特に」
繰り返し使われるものは高くて当たり前だけど、その理由を納得できるよう説明するのは骨が折れるのに、どうしたって効率を求められる。
時間あたり単価。
見るからにクソみたいな指標によって人間は機械化され、根拠不明のパフォーマンスを満たせなければ評価は下がる。どうしたって地域差とかが出るのに考慮されない絶対値。そんなものに支配されている。
≪ガマンするか決めるかで迷ったんだけど、傷は浅いほうがいいかなって≫
「……そうだな」
自分で決められることが一瞬、うらやましいと思ってしまった。
≪まぁそんなわけだから、他に欲しいものがあったら言ってくれよ。今なら安くしとくぜ≫
「ったく、商売が上手いな」
≪そりゃあもう数円、数十円の世界でやってるからな≫
人によっては金にがめついと感じるかもしれないけれど、少なくとも自分には頼もしく思えた。
「じゃあ明日、いや、これから飲みにいくわ」
≪今からだと終電すぎるぞ≫
「知り合いからは宿泊業もやっていると聞いたのですが……」
すると画面から小さな笑い声がして、「かしこまりました」と太めの体格らしき男が応じる。
≪当ホテルはすべてセルフサービスとなっておりまして、アメニティはございません≫
脱水の終わった洗濯槽に新鮮な水が注がれていく。
「そうなんですね。では朝食は付いていますか?」
≪申し訳ございません。そちらもセルフサービスとなっております≫
「それじゃただの素泊まりだろ」
半笑いでツッコミをいれ、「文句いうなよ」と同じく半笑いで返される。
≪ご希望であれば夜の仕込み体験もできますが≫
「バイト代くれるならやってやろう」
≪そこは友情ボランティアにしてくれよ!≫
水が充分に溜まり、洗濯槽が回り始めた。
「こっちだって数百、数千で勝負してんだ。プライスレスなんて許さないぜ」
言ってから缶の中身がほとんど減っていないことに気づく。洗濯が終わるのにはもう少しかかるけれど、すべて飲み切るには時間が足りない。
明日になれば炭酸が抜けきってしまうのは分かりつつ、飲むのは外だと決める。
「じゃあ今から行くんで用意しとけよ!」
画面に叫んで部屋着を脱ぎ捨てる。いったん帰ってから出かけるのは久しぶりな気がして、もうすでに楽しい気分になってきた。
そうした1週間の続きなら、わりと良いのではないだろうか。
はじめまして、もしくはひさしぶりな気まぐれ小説です。
ぼんやり体の内側にあるものを洗い流したいな~と思っていたら、こうした怪文書が浮かんでくるあたり、だいぶ汚れが溜まっていたようです。
もちろんフィクションですけれど要素としては真実なので、ハーフなフィクションとでもいうべきでしょうか。
この前ツーリングに行ったら去年に利用した店が閉店して、あまりキレイじゃない建物だけが残っていたんですね。
郊外にあるのも関係あるとは思いつつ、やっぱりそういうときは寂しいものです。
わりと近所でも閉店した場所にコインランドリーが入って、閉店する前の前がどんな店だったかまで知っている人間としては、なんとも奇妙な気分だったりします。
大資本でない個人店を軌道に乗せるのは難しく感じる昨今、それでも家ではない居心地の良い空間があれば、きっと心の余裕ができるような。
そんなことを書きながら家カフェを楽しんでいるわけですから、ダブスタクソ野郎と言われても仕方ありません。
12月も気づいたら終わるでしょうし、年内に片付けておきたいことは早めに取りかかりたいものですね。
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