Un café s'il vous plaît
パリのアパルトマンの階段はひんやりしていて、とても静か
だから、誰かが階段を通ると、カツカツ、とかコツコツ、とか、カンカン、とか音がする
フレンチラベンダーのウサーミは今日、とても悲しい出来事があった
悲しい気持ちのまま、階段を上るものだから、
革靴と階段が
ごぞごぞごぞごぞ、
と音をたてる
上の階から、カロカロカロカロ、と音をたてながら、
パン・オ・ショコラのショコ太が下りてきて、
ウサーミとショコ太はすれ違った
ショコ太が陽気に
「ボンジュール」とあいさつすると、
ウサーミは小さなため息のように
「ボンジュール」をかえした
ショコ太はウサーミに
「これから、カフェへ行くんだけど、一緒にどお?」と誘った
ウサーミの「ボンジュール」がセロテープみたいに薄くて存在感が無かったものだから声をかけずにいられなかった
ウサーミは言った
「コーヒーを飲んだら、元気がでるものかしら?」
「うん、試してみる価値はあるよ」
とショコ太
二人は階段をペッタリペッタリと音をたて、肩を並べて下りていく
アパルトマンの扉を出て、右に曲がって30メートルほど歩けば、通い馴染みのカフェが見えてくる
二人がいつものテラス席に腰をかけると、
「ボンジュール、ムッシュー。ボンジュール、マドモァーゼル。」
いちじくパンのフィグ也が声をかけにきた。フィグ也はここのギャルソンだ
二人は声を揃えて
「Un café s'il vous plaît」と答えた
「ウィ」
とフィグ也はうなずき、店内へ消えていく
テラスから見えるのは、足早に家路へ戻る会社員。手をつなぎ、見つめあいながら歩く二人組。観光客風の夫婦。学生のような風貌の若者。たくさんの人々が通り過ぎていく
ウサーミもショコ太も行き交う人々をただ眺めてコーヒーが運ばれてくるのを待っていた
「お待たせいたしました」
フィグ也がコーヒーをふたりの前に丁寧に置いた
「ごゆっくり」
片目をつぶって颯爽と店内へ戻っていく
香ばしい香りがふたりの鼻に届いてくる
ふたりはカップを口元まで持っていった
いつもの味
いつもの香り
いつもの温かさ
身体だけじゃなく心に滲みてくるのがわかった
誰かが言っていた
心地良いことをすると、心地良いことがやってくる
と
だとしたら、今日こうやってコーヒーを飲んでいるウサーミは大丈夫
ショコ太は隣に座るウサーミの表情がほんの少し緩んだのを横目で確認して、二口目を味わった
コーヒーを飲み終えたら、アパルトマンへ帰ろう
アパルトマンの階段にはきっと高らかな音が響くだろう
カツカツかな?ココンココンかな?
まだ聞こえないはずの足音を想像しながら、ショコ太はゆっくりとコーヒーを味わっている
おしまい。
この物語はプードルのきょうだいが店番をしているSTORY CAFEでお客さんのゆり子が選んだ物語です
次回は、、、
「カフェ店員の1日 by STORY CAFE」です
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