ﾎﾞｲｽﾄﾞﾗﾏｼﾅﾘｵ『記念日』

《 登場人物 》
男 (彼くん)：プロニートでプロのヒモ
女：男を養う彼女

◯ 女の家  リビング (朝)

女　 　今日はなーんの日っ？

男　　 うっ。

女　　 なーんの日っ？

男　 　え、えーと……今日は……ねぇー……

男Ｍ　 きた！  強制イベント『今日は何の日』……！
　 　　恋愛命の彼女が初年度に設定した、ありとあらゆる記念日……その数は百とも二百とも言われている。
 　　　交際二年目突入の今、その記念日どもが、俺に襲いかかっていた。
　　　 数日おきに発生するそれに答えられなければ、 彼女の機嫌を著しく損ね、一日メシ抜きと記念日暗唱の刑を課せられる。
　　　 記念日は日に日に増え、暗唱の刑はどんどん過酷になってゆく。
　　　 分かるわけない、だって記念日設定は完全にヤツの気分！  今日を記念日にするよぉ～～とは一切告げられず、彼氏の俺が察しなければならないのだ。
　　　 もちろん、察せたことは一度もない。いや察せるかよ！
 　　　恋人とは何だ？  愛とは？  絆とは？  おまえの血は何色だ？
 　　　すべての希望を打ち砕く、理不尽きわまりない地獄の問答……それが『今日は何の日』ッ！

女　　 あれ、どうしたの彼くん。
 　　　何の日かって聞いてるんだよ。

男　　 おおー！  なー！  いつものやつなー！
 　　　そうそう、なー……

女　　 ……もしかして、分からないの？

男　 　そんなわけないだろー！？
 　　　おまえとの記念日を俺が忘れるわけないでしょうがー。

女　　 だーよねー！  さすがにこれは覚えてるよね！
 　　　だって、あんなことがあった日なんだもん。
 　　　キャッ、恥ずかしいッ。

男　　 なー！  ほんと、あんなことがなー！  ハハッ。

男Ｍ　 ヒント！
 　　　一年前の今日、思い出すだけでも赤面ものの『何か』があったのだ！
 　　　これは重要な手がかりだぞ。よぉーしよしよしチャンスだぞ、今日こそ華麗に言い当ててみせ……られたらどんなにいいかなあ～～！
 　　　分かるか！ 俺の指のささくれにときめいて記念日作るような女だぞ！
 　　　デート中に歩数十万歩達成した記念日作るような女だぞ！
 　　　知らねーよおまえのスマホの万歩計機能はよ！
 　　　ああ～～すげー見てる～～すげー黒目でこっち見てる～～黒目……すげー！

女 　　ちょっとー、何黙ってるの？

男　 　いやっ何でもないよ。
 　　　あのときの思い出に浸ってたんだ。

女 　　やーん、もーやめてよいじわるー。
 　　　顔から火が出ちゃう！

男　 　火が……火がねー！ 出ちゃうよねー！
 　　　そりゃ……あんなことやらかしちゃったら、恥ずかしいよねー！

女 　　は？  何もやらかしてないけど？

男Ｍ　 しまったー！  そっちじゃなかったー！
　　　 じゃあアレか？  恥ずかしいってあっちの方か？

男　 　おいおい、話は最後まで聞けって。
 　　　やらかしたっていうか、まあ、あんな積極的に？  求めてくるとは？

女　　 …………

男　　 ……な？  そういうな？  女の子だもんな？

男Ｍ 　おっ、ビンゴか？  やっぱこっち系記念日か？
 　　　ははーん読めたぞ。こういう話なら任せろ。
　　　 俺はその昔、歩くエロ百科事典と呼ばれ……

女　　 死ね！

男Ｍ　 違ったーー！  ぜんぜん違う！
 　　    もうぜんっぜん違うことだけが分かったけどそれ以外は何ひとつ分かんねえ……
 　　　何なの……まじで何の日なの……俺あと何回、回答権あるの……残機いくつなの……
 　　　死ぬ……一度口にしたらこいつは必ずやる……俺が答えられなかったら、確実にやる女なんだ……

男　　 や、やだなぁー恋人同士の冗談じゃんかー！
 　　　ほら、たまにはユーモアも必要だろ？
　　　 おまえを笑わせたい、彼氏のちょっとしたボーイズ・ジョークだよ！

女　 　……まっ、お茶目さん！
 　　　てっきり他の女とのメモリーをゲロッちゃったのかと思ったわ。
 　　　あーん、ボーイズ・ジョークとは♡  うふ♡

男Ｍ 　こええ！  今ので瞬時に浮気を疑う悪魔の思考、やべえ！
 　　　歩くエロ百科事典は今日で封印だ。
 　　　こいつの前では表紙も開けねえ。

女　　 ねえ、焦らさないでそろそろ答えてよお。
 　　　彼くんはニートだからいいけどぉ、私、会社遅れちゃう。

男 　　あっ、あはは！  そうだよな、悪い悪い！
 　　　いやぁ、おまえと離れたくなくて、つい引き延ばしちゃったなあーーあはっ、あはっ。

女　 　やーーん！  彼くんったらー！

男　　 あはははは！

女　 　で？  今日は何の日？

男　　 ……えーー……

女　　 今日は何の日？

男　　 うん、えっとね。

女　 　今日は何の日？

男　 　いやもう、ここまで出かかってて……

女　 　今日は何の日？

男　 　出かっ……

女　 　今日は何の日？

男　　 …………

女　 　何の日？

男 　　ううっ、今日は……今日は……

男Ｍ　 ええい！  ままよ！

男　　 おまえのカラコンが落っこちて、実はすげーちっちぇー黒目を俺に見られた日っ！！

　　　　間

男　　 あの……

女 　　…………

男 　　判定は……

女　　 大正解ー！
 　　　えーっ彼くんすごーい！ はじめて答えられたね！
 　　　えらいえらーい！ うれしーい！
 　　　そんなにも、飾らない姿の私を愛してくれてたんだ。
 　　　えっ、えーっ、好き♡

男　 　あ……

男Ｍ　 当たったーー！！  くだらねぇーー！！
 　　　つかまじかよ、やたらと黒目でけーとは思ってたけど、カラコンなのかよ！
 　　　落っことしたのなんて正直まったく気付かなかったけど、落っことしてたのかよ！
 　　　つか、やらかしじゃん！  やらかしてんじゃん！？
 　　　『何もやらかしてないけど？』っつーのは俺を試す罠だったってこと！？  この悪魔め！！
 　　　　……ところで、本当はすげーちっちぇーって、どんくらいちっちぇーの？  こえー！
 　　　　こえーけど見てぇけど見たくねぇけど見てぇー！！
 　　　　いやいや、そんなことより……
 　　　　はじめて当たった！  はじめて味わう平和なエンディングだ！
 　　　　今日はメシも食えるし暗唱の刑もない！
 　　　　勝った！  俺は勝ったんだ！！

女　　 さて彼くん。実は今日、記念日がもうひとつありまーす。

男　　 へっ？

女　　 制限時間は五分。彼くんなら楽勝だよね♡

男　 　まじで……

女　 　うふふ♡   今日はなーんの日っ？

おわり