言葉は同心円状に広がっていく
学校から帰ってくるなり、娘はごきげんななめな様子だった。
8歳になる娘は、東京生まれ。でも、幼稚園のときに香川に引っ越してきたので、少しずつ方言を使うようになってきた。
「まけた」
「水筒」というワードを聞いたわたしは、その意味に気がついた。ほんの少し、違うニュアンスで。
わたしが生まれた青森では、液体をこぼしたときに「まがす(まかす)」と言う。これは「ばら撒く」の「撒く」というのが語源らしい。
一方、香川では「まける」というのだそうだ。こちらも調べてみると、同じ語源からきていた。
お隣、徳島生まれのママ友に聞いてみたら……。
「まけまけになる」
「まけまけいっぱい」
と、また似たような言葉が出てきた。
わたしはふと、大学時代に同じ授業を取っていた、香川生まれの男子のことを思い出した。わたしたちは地方組ということで割と気があって、それぞれの地元の話なんかをよくしていた。
そのとき、「むつい」という方言を彼に教えた。
なんと表現したらいいのかわからないけれど、わたしの中でいちばん「むつい」のは、幼稚園のときの給食だ。
少し固くなったパサパサの食パン。あれを食べていると、むつくてむつくて。口の中の水分が持っていかれる感じ。
でも最後まで食べきらないとお昼休みがないから、少食で偏食のわたしは、いつも、一人だけ休み時間がなかった。
「それ、香川にもあるよ」
彼は言った。
「香川ではさ、むつごいって言うの」
「……似てるね」
「似てるな」
すごい一致率だと驚く。
ただ、あとで調べてみたところ、「むつい」と「むつごい」はややニュアンスが異なるようだ。
むつごいは「味が濃い」「脂っこい」「甘ったるい」といったさまざまなシーンで使われる。
古語で不快感を表すのが「むつ」という言葉らしく、”食べていて不快”という意味では合っていそうだ。
「昔ってさ、ネットとかないし。言葉ってやっぱり都(京都)から広がっていったんじゃねえかなって」
彼が言った。
「こう、なんていうのかな。同心円状? そうやって広がっていくことでさ、離れたところに同じような言葉ができたんじゃないかなって」
彼と話したのは、まだ大学に入りたてのときで、途中からは選択コースが変わって会うこともなくなっていった。でも、彼の考察が面白くて、時が経った今でも覚えている。
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