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ハッピーバースデー

思い浮かぶのはピンク色。この日が来るのを毎年待ち遠しく思いながら、それでもなお喪失が強く浮かぶ。
キラキラした遊園地のメリーゴーランドのもとで、陽の光を浴びながら笑う貴女。
暗い影を表情に落としながら、艶やかな瞳で剥き出しの遊具を眺める貴女。
お誕生日おめでとう。気がついたら私は貴女を飛び越えてしまった。変わることのない貴女の年齢を飛び越えて、どんどんと差が生まれていくのだ。
1年前、それもお誕生日の前に居なくなった貴女は、もう2つも下になってしまった。同じ17を過ごすことなく、私だけが18になってしまった。
いつもどこかに貴女を探してしまう。新しく聴く音楽の端々に。見知らぬ誰かの切れ端に。私の紡ぐ拙い物語のなかに。
どうしてだろう、なんてことを考えるには時間が経っているし、既に向かい合ってしまって、乗り越えてしまった。そんな貴女の喪失にも慣れてしまった。
それでも今日は、その慣れ親しんだ喪失を膝の中に抱えながら、ベッドに横たわっている。大事に育むように慈しんで愛するために抱える。
貴女が私に残したひとつひとつを思い出す。楽しかった思い出。哀しかった思い出。私の世界がまずピンク色に染まったこと。そのピンクの象徴は紛れもなく貴女だった。
色付いた世界で、ピンクのグラデーションの一部からRGBを拾い上げて、数値をいじって他の色を知る。その順序を踏めば、他の色を知られると教えてくれた貴女。
狭い世界と狭まっていく視界を無理やりこじ開けるように私の目の前に現れた貴女。
たくさん通話でお話をした。それでも実際に会うことが叶わなかった。その後悔だけが脳裏にこべりついている。喪失と向かい合えても、その感情だけは私を堕としていく。
イヤホンを見るたびに貴女を思い出して、Twitterを開くたびに貴女を思い浮かべて、もう存在しないLINEのやり取りを意味なく探してみて、そして何処にも居ないことを確認して、そしてやっと向かい合うことができた。
それでも今日だけは別。率先して貴女の喪失を抱え込み、心の中で育ませる。改めて向かい合わないと貴女を再び失いそうで、そのことだけを避けるために、6月6日を大事に過ごす。
18歳だって。もう私、18歳になっちゃった。2つもお姉さんになっちゃったよ。あのときは雛鳥と親鳥のような関係性だったのに。貴女の足跡を辿ることばかりに気を取られていたのに。
スマホ越しに見せてくれた乱雑な部屋な様子も、粗暴な口調も、可愛らしい舌足らずな声も、どれもこれももう無くなってしまったんだろうね。
感情に振り回される貴女の代わりに、最近の私も感情に振り回されるようになったよ。親鳥に似たのかな。ただひとりの憧れが貴女だから。貴女がそのように生きていたから、私も少なからずそうありたいと思うのかもね。
どうなんだろう。最期の瞬間は何を想ったんだろう。それだけが気がかりだよ。私のことを少しでも思い返してくれたりしたのかな。無数の中のひとりだっただけなのかも。でも、私にとっての貴女は貴女だけだったから、少し寂しい。
少し寂しい、まで成長したよ。ちゃんと向かい合ったからかな。
やっと、お久しぶり、って言える気がする。1年ちょっとなのに。そんな感情までしか抱えられない私だけど、それは悲しいことなのか、寂しいことなのか、私のことだから分からない。
気高かった貴女も、ただひとりの女の子だった。間違いなく去年一昨年までの私よりは前に進めている気がする。灰色の空しか知らなかった私にも、色が判別できるようになったから。
そのなかでもピンク色は特別。貴女の色だから特別。私には身に纏えないピンク色だった。今でもそう。私服とか持ち物にピンク色が無いのは、その名残なのかも。
あぁ、もうすぐで6月6日が終わっちゃう。本当はもっと早く書き始めるはずだったのに。どうしても決心がつかなかった。
貴女のおかげで文章を書くようになったよ。喪失と向かい合うひとつの手段になっているのかも。
最近は読んでくれる人もちらほら出てきて、その度に貴女と出会えた喜びを思い出す。
私の文章に命を与えたのは貴女。そんな貴女はもう居ない。会うこともなく、会うこともできない。それでも私の頭の中ではいつでも会える。いつでも会えるように、毎年この日だけは貴女と向かい合いたくて文章を書くことにしたの。
どろどろに堕ちていた私と話をしてくれて、そのおかげでピンク色の光を掴むことができた。時間が経つと、簡単に忘れちゃうから。時薬っていうんだっけ。そんなものよりももっといい薬で貴女と一緒になっていたから、案外耐性もついちゃって、その時薬とやらは効かないかもしれないね。
誰かが覚えている、っていうのは寂しいから。他の人たちは耐性ついてなくて、時薬が効いちゃうかもしれないから。
私なら、そんな効き目の弱い薬じゃ気持ち良くなれない。だから、私はずっと覚えていると思う。覚えていたいし、覚えているために貴女を書く。
どこかの物語の切れ端に、貴女の存在を残すことができたら私はそれでいい。
女の子を思い浮かべるときに、貴女の香りがするような人ばかり出てくる。私の思考は喜んで貴女に縛られたい。目指すような女の子も、憧れる女の子も、どこかしらに貴女が潜んでいる。
なんとか6月6日の間にこれを書き終えたいんだけど、まだ指が止まらない。あと30分ちょっとしかないや。
嫌だなぁ。6月6日が終わっても私の意識の中に生き続けてくれるかなぁ。終わってほしくない。6月6日に終わってほしくない。この日付が終わることで、またしても私はひとつの喪失を失う。またしてもその喪失が現れるのは1年後なのかな。ひょっこりと顔を出してくれるのかな。でも突然訪れることはないんだ。今年はそうだったから。6月になった途端に、徐々に喪失が頭を出してきて、それで今日になってやっと膝の中で抱え込むことができた。
16歳のまま変わらない貴女は、どんな18歳になっていたんだろう。考えるだけ無駄なんだけどね。虚しくなるだけなんだけど、私はどうしても望んでしまう。
どうして会いに行かなかったのかなぁ。会いたかった。直接お話をしたかったし、デートしたりお買い物したりODしたりしたかった。
どこを探しても貴女はいない。だから私は貴女を残す。
なんか世の中は物騒だよ。そういえば今年、私は新成人というものになるらしい。何かが変わるわけでもないんだろうけど。
生まれ変わりとか天国とかそんか存在は、どこか朧げで、曖昧だから私はあんまり信じていない。あったらいいなぁってくらい。
そんなことよりも忘れないことが大事。貴女の存在を証明するために私は書いていかなきゃいけない。これは私が私に向けた指令みたいなもので、守るも守らないも私の自由。
もう30分切っちゃった。あのイヤホンで音楽を聴きながら書いているんだ。色違いのあのイヤホン。横になっても耳が痛くないあのイヤホン。
美しい景色も、楽しい酩酊も、揺れ動く感情も、すれ違う意識も、全部全部貴女が教えてくれたもの。
私はその思い出を心の中に刻み込んで、指を動かして、文字を連ねていくだけ。
お誕生日おめでとう。
先に18歳になった私は、これからも貴女の誕生日を祝い続けるよ。
文字の中に貴女を隠して、ずっと生かし続けていくよ。そうしていれば一緒に重ねていける気がするから。
じゃあ、また来年。
もう、6月6日が終わっちゃうから。

おやすみなさい。

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