眠れない夜に読む物語<1>ー月下の少年と私ー(オリジナル小説)
眠りづらいとき、ホッとしたいときなどに、読んでもらえたらと思って書きました。ファンタジー色濃い目です。☕
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ー ☽ 月下の少年と私 ー
優しいほのかな、月明りの夜。
今夜は、クレセント・ムーン。控えめだけど凛として、漆黒の夜空に輝いてる。
何だか、眠れないな…。
こんな日は、カーテン、そして窓を開けよう。
初夏の夜風は、肌に心地いい。
そうしたら…、ほらね。あの子がやってきた。
「お待たせ。一緒に冒険に出よう。」
どちらからともなく、今日が旅立ちって分かっていたみたい。
ピーターパンじゃないけど、あの子は少年なの。私は、少女よ。
私たちは、何度か会っている。窓を開けて、夜空を見上げていたら、突然姿を現したの。
すごく驚いたけど、少年は純粋で、不思議とすぐに友達になれた。
空飛ぶ粉を持つ妖精はいないけど、どうしてか私たちは、空を飛べる。
差し出された手を握って、一緒に、満点の星が輝く夜空へ。
雲を突き抜けて、クレセント・ムーンに腰掛けよう。
目と目を合わせて、いたずらっぽく笑い声をあげよう。
気が付くと、二人で海蛍たちの星が幾千と輝く大海原に、
小さな舟の上で、浮かんでいた。
少年の手には、一本のろうそく。マッチで、火を灯してくれる。
ゆらゆら燃える炎の光を見つめて、私は、静かな心地になった。
炎の中に、長い角を持つユニコーンや、美しい姿の天使達がくるくると踊っているのが見える。
わぁ、と声を上げると、少年と私の周りへと飛び出してきて、何かを囁きかけてきた。
ーうふふ、こんばんは、おじょうさん。いいことを教えてあげましょう。ー
どうやら天使さん達が言うには、この海に、大きな大きな美しく輝くクジラ…この海の主、がいるんだって。
そのクジラともし会えたなら、三つの質問をされるみたい。
その質問にちゃんと答えられたら、朝でも昼でも…いつでも、ここに来れるようになるんだって!
会いたいけど、本当に会えるのかな…。三つの質問って何だろう?
不安になって少年を見ると、「任せて」とにっこりして、片目をつぶった。
両手を繋いで、おでこを合わせると…、それを見たユニコーンが大きくなって、ペガサスに!
驚く間もなく、背中に乗せられて、上空へ。クジラの元へ、連れて行ってくれるって。
ーなあに、僕らには、簡単なこと。クジラは、恥ずかしがりだけど僕らには気を許して出てくるのさ。ー
ペガサスは、頼もしくそう語りかけてくれる。
少年の後ろで、落ちないようにしがみついていた。
しばらく上空を飛んでいると、海の端が光り輝いて、クジラが現れた。
ーやぁ、ひさしぶりじゃないか。待ってたよ。元気そうだね。ー
クジラは、低く響き渡る地鳴り声で、ペガサスに語り掛けた。
ーおや、人間がいるね。わしに会いに来たということは、この海が気に入ったと見える。どうだい、クエスチョンに答える気はあるか。ー
もちろん!喜んで、私は答える。少年も、嬉しそうに頷いた。
ーそれじゃぁ、まず一つ。満月の夜に、猫が話すか、犬が話すか。どちらだと思うかね?ー
意味の分からない質問に、少年と顔を見合わせて惑う。私は、猫が人間になった寓話を思い出し、猫じゃないかと少年に言うと、そうしようと言い、クジラに答えてくれた。
ー良い答えだね。よく答えた。ー
クジラは、嬉しそうに光り輝き、朝焼けのように海も空も輝かせた。
ーそれじゃあ、二つめに。私は、この海の主だが、君たちは何の主だね?ー
私には、答えようがなかった。少年には、何かが分かるらしく、満面の笑みでこう答えた。
ー「自分を形どる全てのもの」の主です。ー
クジラは、少し唸って、感慨深げに返事をした。
ーなるほど、なるほど。よく答えた。素晴らしい。ー
少年は納得したように頷いて、喜んだ。私は、自分では考え付かないような深い意味合いの答えに感じて、すごいなぁと顔を赤らめた。
ーそれじゃあ、最後の質問だよ。いいかね。君たちが思う「何よりも、大切なもの」とは、何だと思う。ー
どことなく、楽しそうにクジラが語り掛ける。質問にちゃんと答えられるか、ドキドキして緊張していた心持なんて、今ではどうでもよくなっていた。
明るい気持ちではあるけれど、どう答えようかと、あれこれと思いめぐらすも…答えが沢山ある気がして、逆にどう答えたらいいかが分からない。
黙っていると、少年がぎゅっと私の手を掴んだ。少年を見ると、きりっとした面持ちで、まっすぐクジラを見つめている。
私は、少年の迷いのない、まっすぐな瞳の中に入りたくなった。質問への答えは、きっとそれでいい。
ー数ある答えの中で、それを選んだ。よろしい、覚えておこう。ー
少年は、それを聞いて、やっと嬉しそうに私を見た。これで、いつでも二人でここに来れる、と心底喜んでいる。
目と目が合わさって、私は相手の瞳の中に宇宙があるように感じて、吸い込まれそうになった。
ーいつでも、見守っているよ。貴重な答えをありがとう、人間たちよ。ー
満足そうに、クジラが身を翻し、大きくジャンプした。水しぶきが、黄金に輝いて、雨のように二人の上に降り注いだ。
(聖なる存在ってものになれたら、私もクジラと友達になれるかな…)
私は、とても幸せな心地になってそんなことを考えつつ、また少年と目を合わせた。
すると、どうしてか意識が遠のき、少年に何か言いたいのに、何も言えずに…眠りに落ちていた。
少女は、ベッドの上で、ぐっすりと眠っている。それを見届けて、少年は安心したように笑みを浮かべて、部屋を出た。
夜も深まって、辺りは静まり返っている。月は、もう見えなくなっていた。
どこか寂し気な表情と後ろ姿で、少年は夜空へと、消えていく。
ーいつか、また。会おうね。僕は今度はきっと、君と同じ世界に生まれてくるから…。
少女は、大人になって働くようになった頃には、もうすっかりその少年のことを忘れてしまっていた。
会社帰り、家路を急いでいると、前方から見知らぬ青年が歩いて来るのを見て…私は、どうしてか胸がざわついた。
街灯の近くへ来ると、青年も、私を見たようだった。そして一瞬、歩みが止まったように感じた。
どうしてか、この人を見たことがある、と思う。はて、いつ、どこで…。
お互いに、すれ違いざま立ち止まる。目が合った。
…キラキラと光り輝くプリズムのようなイメージの中に、いつか遠い昔に見た天使やユニコーン…巨大なクジラの声が、愉快で仕方ないという様子で笑い声を上げているような…そんなビジョンが一瞬、浮かんだ。
(これって…!)
びっくりして、弾かれたように青年を見る。私より随分若い。学生…だろうか。
そして私は、あの少年と過ごした日々を思い出してたじろいだ。
そんな私を見て、青年は嬉しそうに微笑んだ。
「見つけた。ずっと、君を探してた。」
いつか出会えるって、信じてたって。彼は呟いた。
知らぬ間に、私は声を上げて泣いていた。
…心のどこかでは、彼みたいに聖なる存在になるなんて、人間にはどうしたって叶わぬことだと思っていたから。忘れていたのに。
抱きしめていい?優しく聞かれるものだから、私は頷いて、腕の中に飛び込んだ。
抱きしめ合う二人の周りを不思議な声が、おめでとう、よかったね…と、口々に祝福しているようにくるくると取り巻いて、星屑のように煌めきながら舞い上がり、夜空に吸い込まれていった。
(fin)
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