『星美くんのプロデュース』ハロウィンSS
『悪い魔法使い』
「しーちゃん、今度のハロウィン、一緒に仮装しない?」
「ぅえっ!? は、ハロウィンですかっ……!?」
ある日、学校へ行くと聖蘭ちゃんが目をキラキラさせながらそんなことを言ってきた。ハロウィンってあの、集団心理で倫理の箍が外れた人たちが露出多めの格好で渋谷を練り歩く奇祭のこと……!?
「むむむ、無理です……! 普段の渋谷ですらまだ怖いのに、あんな魑魅魍魎が跋扈するハロウィンの渋谷なんて絶対に無理……! 生きて帰ってくる自信ないです……!」
「……心寧、まだ普段の渋谷も怖いんだね」
「あ! い、今わたしのこといつまで経っても都会慣れできない芋くさい陰キャってバカにしました……!?」
「全部自分で言ってるだろ!」
隣の席で呆れたように嘆息するのは星美くん。でもさっきのセリフには含みがありましたよねぇ!?
むむむ、と不満の意を表していると、慌てたように聖蘭ちゃんが言う。
「あ、違う違う! あのね、今話してたのは、星美の家で仮装してハロウィンパーティしようって!」
「え、星美くんの家で……?」
「そうそう! それぞれ衣装を持ち寄って、星美の家で仮装して、ついでに似合うメイクをしてもらっちゃおう、って感じ! ね、星美?」
「うん、コスプレっぽいメイクはしたことないけど、楽しそうだし!」
「だからしーちゃんもどう?」
「一緒にやろうよ、心寧!」
聖蘭ちゃんと星美くん、二人とも若干前のめりな感じでぐいぐいくる。聖蘭ちゃんはみんなでワイワイするのが好きだし、星美くんはメイクとかファッションが絡むとテンションがぶち上がるので、ハロウィンは格好のイベントなのだろう。うぅ……仮装とか、正直恥ずかしいけど……。
「ふ、二人がそこまで言うなら……」
「やった! それじゃあ放課後、一緒に衣装選びに行こうね、しーちゃん!」
「あ……っと、あんまり派手じゃないやつで……」
「ねえ二人とも、衣装選んだら教えてね? どんなメイクにするか事前に考えておきたいし! コスプレのメイクって結構派手めにした方がいいらしいし、勉強しとかないと!」
「あ……の、えっと、わたしはそんな、普通でいいです、けど……」
「「ハロウィンパーティ楽しみだねー!」」
あ、もうこの二人のノリについていけるか不安なんですけど……。誰か、ハロウィンにあまり乗り気じゃなくて、二人のノリを中和してくれる人は――
「ハロウィンパーティ? そんなのやるんだ?」
「あっ、美憂ちゃん……!」
振り向くと、美憂ちゃんはハーフツインの黒髪を性格悪そうにふぁさ、としながら話に入ってくる。
「ハロウィンで騒ぐのとか、メディアに踊らされてるっていうか、他文化の上っ面だけつまみ食いして楽しもうっていう姿勢に日本人の節操ない感じが出てるよね?」
「さ、さすが美憂ちゃん……! 楽しみにしている人に水を差すのがうまいです……!」
「は? ケンカ売ってる?」
つらつらと感じの悪い言葉を並べ立てる美憂ちゃんに、聖蘭ちゃんと星美くんの表情が曇る。ちょっと可哀想だけど、これで少しでもテンションを落ち着かせてくれれば……。
「えー、美憂はハロウィンパーティやらない?」
残念そうに言う聖蘭ちゃんに美憂ちゃんはふん、と鼻を鳴らす。
「美憂はそういうの興味な――」
「そっかー、美憂にもメイクしたかったんだけどなー……」
「……え? メイク? ミーくんが? してくれるの?」
ぽつり、と星美くんの零した言葉に、美憂ちゃんは性格の悪そうな薄笑いを引っ込めた。
「うん、みんなのハロウィンの仮装に合わせて可愛いメイクしたかったんだけど……興味ないなら仕方な――」
「やる! 美憂、ハロウィンとか実はすごい好きでー!」
「えぇ!? 美憂ちゃん!? さっきまであんなにハロウィンを腐してたのに!? 文化がどうとか言ってましたよねぇ!?」
ころっと掌を返した美憂ちゃんに詰め寄るも、
「いや、そもそも文化って変容していくものじゃない? 外部から取り入れた文化も、定着してローカライズされていくことによって徐々に自国の文化になっていくと思うんだよね」
「なんかそれっぽいこと言って誤魔化そうとしてますよねぇ!?」
「だって、ミーくんに可愛くメイクしてもらいたいし」
「やっぱりそっちが本音じゃないですかぁ!」
もう何を言っても美憂ちゃんの意思は固かった。
「「「ハロウィン、楽しみだねー!」」」
ハロウィンにノリノリの三人に囲まれ、一人だけ乗り切れないわたしは肩身が狭いまま曖昧に頷くしかなかった。……え、わたしが陰キャだからついていけない、ってこと……?
***
ピンポーン、と星美くんの家のインターホンを鳴らすと、「ちょっと待ってね!」と弾んだ声がした。
ハロウィン当日、仮装の衣装を持って星美くんの家にやってきたわたしと聖蘭ちゃんと美憂ちゃん。しばらくして扉がガチャっと開く。
「「トリックオアトリート!」」
「……っリート、……です!」
ノリノリでお約束のセリフを口にする聖蘭ちゃんと美憂ちゃんに一拍遅れで、わたしも追唱する。
「いらっしゃい! お菓子はねー、かぼちゃのケーキ焼いてあるから後で食べよ!」
「マジで!? 星美、天才!」
「ミーくんの手作り!?」
メイクだけでなくお菓子の準備まで手抜かりのない星美くんに、聖蘭ちゃんも美憂ちゃんも感嘆の声を漏らしている。
かぼちゃのケーキはもちろん嬉しいけど、ただ、それよりもっと気になったのは星美くんの格好だった。
「……なに、心寧?」
「ぁ、や、えっと……!」
じぃぃぃ、と熱視線を送っていると、ややあって星美くんが少し照れたようにこちらを向く。
頭には魔法使いっぽい大きな帽子、ふわふわのフリルブラウスにパンプキンスカートを合わせたコーデの上から黒のローブを羽織っている。帽子から零れ落ちる三つ編みのミルクティー色が、ローブの黒に柔らかに映えている。
伏目がちな目許は黒のアイラインでくっきりと縁取られ、長く上向いた睫毛にはピンクのカラーマスカラ。いつもより濃いめのチークが頬を彩り、リップは妖しくも艶っぽいダークチェリー色。
ガーリーで、ほんのりダークな魔法使いの仮装をした星美くんは、思わず見惚れてしまうくらいに可愛かった。
「……す、すっっっごく、か、可愛いです……!」
「ホント? ありがと!」
思っている気持ちをうまく言葉にできないわたしにも、星美くんは嬉しそうに笑って答えてくれる。や、やばい……か、可愛すぎる……!
「ミーくん、魔法使いなんだね。似合ってる!」
「うんうん、いーじゃん星美!」
二人にも褒められ頬を緩めながら、星美くんはにっ、と悪戯っぽく唇を吊り上げる。
「えへへ、今日はメイクの魔法でみんなを可愛くしちゃおうかな、って」
なんて、可愛らしく言われてはもう限界だった。
「――――っ」
「しーちゃん!? 急に心臓を押さえてどうしたの!?」
「四夜、死んだ? あ、ゾンビの仮装か」
「心寧、仮装に体を張りすぎ!」
みんなでわあわあ言いながらもわたしはなんとか息を吹き返し、星美くんの家に上がった。
*
「それじゃあみんなが着替えてる間、ボクはメイクの準備をしておくね!」
わたしたちをリビングに通すと、星美くんは軽い足取りで二階の自室へと向かった。
わたしたちはめいめい持参した衣装を取り出して着替えていく。
「なんか楽しいね、しーちゃん!」
ゴシック風のデザインの細身のドレス、肩にはレースのケープを羽織った姿で聖蘭ちゃんは笑う。
「聖蘭ちゃんは吸血鬼でしたっけ?」
「うん! ……でも衣装だけだとあんまぽくないかも?」
星美くんが用意しておいてくれた姿見に全身を映しながら、聖蘭ちゃんは首を傾げた。それから、着替え終わった美憂ちゃんに視線を移す。
「美憂はわかりやすいね。悪魔でしょ、それ?」
「小! 悪魔ね!」
胸元にリボン、二段になった裾には紫のフリルがあしらわれたワンピースに身を包んだ美憂ちゃんは唇を尖らせて抗議した。その背中には小さな羽、頭にはくるん、と尖った角のアクセサリーが付いている。
「……ていうか、四夜のそれはなに? ホームレス?」
「ぞ、ゾンビですけど!?」
不名誉な言われようにわたしは両手を広げてゾンビアピールをする。……でもまぁ、確かにわかりにくい仮装だとは自分でも思う。血糊っぽいプリントとダメージ加工がされている以外は割りと普通のシャツとスカート、という衣装だ。あまり派手なドレスとかちょっと……という消去法で選んでしまったせいでなんか微妙になっている。
「まぁ後は星美がメイクでいい感じに仕上げてくれるって!」
若干無茶振りっぽい感じで聖蘭ちゃんは言うと、リビングの扉を開けて星美くんを呼びにいった。
*
「よーし、それじゃあ一人ずつメイクしていくね! あとの二人はリビングでちょっと待っててね!」
魔法使い星美くんに手招かれ、聖蘭ちゃんがまず星美くんの部屋に向かった。美憂ちゃんと待つことしばらく、二人がリビングへと降りてくる。
「じゃーん! しーちゃん、美憂、どう!?」
肩に掛けたケープを嬉しそうに揺らしながら駆け寄ってくる聖蘭ちゃんがにっこり笑うと、唇の間から鋭い牙が覗く。病的なまでに真っ白な肌、血のように紅い双眸は青みのあるシャドウで縁取られ、衣装と合わせてびっくりするほど吸血鬼っぽい。でもちゃんと可愛くて、バランスの取り方が絶妙だ。
「す、すごいです……!」
「やっぱりミーくん、メイクうまいね……」
美憂ちゃんと一緒にしげしげと聖蘭ちゃんを眺めていると、横から星美くんが得意げに解説をする。
「ベースメイクで肌の白さを強調して、紅いカラコンと青系のアイシャドウで人外っぽさを出して、牙はネイルチップを削って貼り付けたんだ! 結構いい感じでしょ?」
「ふふふ、しーちゃんの血を吸っちゃおうかなー?」
「やっ、ちょっ、聖蘭ちゃん……!」
あぐ、と口を開けて牙をアピールする聖蘭ちゃんに迫られ、わたしは笑いながら逃げ惑った。
「じゃー次は美憂かな」
「うん、お願いね、ミーくん!」
また待つことしばらく、美憂ちゃんと星美くんがリビングへと降りてきた。
「どう? 可愛い?」
顔の横に手を「がお」とあざとく添えながら、美憂ちゃんは尋ねる。
羽と角もあって、衣装だけでも十分完成されていた美憂ちゃんだったけれど、紫のアイシャドウと目尻の跳ね上げラインがビビッドで蠱惑的な印象を強めている。
「いーじゃん! すっごい小悪魔じゃん!」
「人を惑わしそうです……!」
「四夜のそれは褒めてる?」
「あ、じゃあ次はわたしですね……」
「ちょっと、逃げるな」
どことなく不満げな美憂ちゃんにそそくさと背を向け、いよいよわたしがメイクをしてもらう番だ。
「じゃあ心寧、いこっか?」
「は、はい……!」
*
「――はい、できたよ!」
いつもメイクをしてもらうのとは大分違う工程を経て、わたしのゾンビメイクは完成した。けれど完成像はリビングの姿見で確認するまではお預けらしい。
ドキドキと逸る気持ちでリビングへ降りていくと、
「ど、どうです、か――」
「あ、しーちゃ――ぎゃっ!?」
「なに聖蘭、悲鳴なんて上げ――ひっ!?」
「えぇ!?」
リビングへ入っていったわたしを見た瞬間、二人ともなぜか顔を青くして悲鳴を上げた。な、なんでわたしだけこんなホラーな感じに……? 今までみたいに「可愛いー!」って褒められる流れじゃないの……?
ショックを受けつつ慌てて姿見に映る自分を確認すると、
「ぐ、グロい!?」
頬には赤黒く爛れたような傷跡、目の周りには青黒い痣が浮かんだ腐乱死体の女がこちらを見返していた。ひぃ……!
「ふぅ、心寧のゾンビメイクが一番大変だったよ」
背後から一仕事終えた職人の表情で星美くんが顔を出す。
「傷口はティッシュを千切って貼り付けてファンデで肌に馴染ませてね、赤系のチークとリップで血の感じを出したんだ。痣は赤、青、紫、いろんな色のアイシャドウで自然なうっ血感を出すのが難しくて――」
「な、な――」
「な? どうしたの心寧――」
「なんでわたしだけガチ特殊メイクホラーな感じなんですかぁ!?」
「……やっぱりちょっと怖くなりすぎた?」
「ちょっとどころじゃないですよねぇ!? 聖蘭ちゃんも美憂ちゃんもさっきからリビングの端っこに逃げて全然近付いてこないですし!」
完全にグロすぎて引かれてますよねぇ!?
「ひ、ひどいです……二人ともいい感じに可愛くメイクしてもらってるのに、わたしだけ完全にモンスター扱いなんて……」
人間から疎外された我が身を嘆いていると、遠めから遠慮がちに聖蘭ちゃんの声がする。
「だ、大丈夫だよ、しーちゃん? それはそれでキモ可愛いというか……」
「そうそう、一周回ってリアリスム的な綺麗さがあるっていうか……」
「ホントですか!?」
「ひっ!? 急にこっち向かないで!」
「近付いてくんな!」
「全然化け物扱いじゃないですかぁ!」
フィクションで迫害されるモンスターの気持ちが痛いほど身に沁みる。なんでハロウィンパーティでこんな目に……。
「あー! ごめんごめん、心寧! ボクも初めてやるメイクで、途中からどこまでリアルにできるか突っ走っちゃって……今度は可愛くやり直すから! ね?」
「う、……は、はい……」
腫れ物に触るように手を引かれ、再び星美くんの部屋でメイクをしてもらった。
今度は鏡で確認すると、頬にばつ印みたいな感じでポップな傷メイクを施されていて、全体的に可愛いゾンビにしてくれていた。
「うんうん、今度はいい感じに可愛いね!」
「……そうですね」
「え、まだ不満?」
「……というか、最初からこういう風にやってくれていれば」
「もー、ごめんて、心寧。ほら、早く降りてみんなでかぼちゃケーキ食べよ?」
「星美くん、わたしのこと甘いもので釣ればいいって思ってます……!」
「もー、そんなことないって!」
ぐいぐいと背中を押されてリビングへ降りると、今度は二人にも歓迎され、そのまま星美くんの焼いてくれたケーキを食べることになった。
「~~っ、おいしぃです……!」
「あ、機嫌直った」
「! 今、わたしのことチョロい陰キャって……!」
「言ってないよー!」
*
ケーキも食べ、ゲームなんかもして遊んだ後、わたしたちは星美くんの家を辞すことにした。
メイクを落としたり、着替えたりしているうちに、ふと、リビングで星美くんと二人きりになる。
「あ、そういえば心寧」
思い出したように声を上げると、まだ魔法使い姿の星美くんは悪戯っぽく笑った。
「ボクからは言ってなかったよね? ――トリックオア、トリート」
「えっ、あっ、えっと……お、お菓子、持ってなくて……!」
「じゃあ――いたずら、されてもしょうがないよね?」
突然お菓子をねだられ動揺するわたしに、星美くんはますます笑みを深くする。どこか嗜虐的で、惹き込まれるような表情に、わたしは息を呑む。
「ぅえっ、い、いたずら、って……!?」
星美くんの顔が急に近付いて、心臓がバクバク暴れ出す。キラキラのラメで縁取られた瞳に見つめられ、頭が真っ白になる。
耐えきれず、わたしは、ぎゅ、と目を閉じた。
痛いくらいの静寂、そして――
くい、と鼻をつままれて、ハッと目を開けた。
視線の先には、にやー、と、してやったりな表情で笑う星美くんの顔。
「……心寧、どんないたずらされると思ったの?」
ほんのりとからかうような、愛おしむような響きの声に、わたしの頬はじわじわと熱くなる。
「なっ、なっ……!」
言葉も出ないわたしに耐えきれなかったのか、星美くんは「あはははっ」と吹き出した。頬だけじゃなく、わたしはもう顔中真っ赤だ。
「星美くんは、悪い魔法使いです……!」
「あはははっ、何それっ!」
精一杯のわたしの抗議にも、星美くんは楽しそうに、ころころと笑い続けた。
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