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[小説]デブでブスの令嬢は英雄に求愛される 第17話

 どんどん、と乾いた音を立てて空砲が空へと打ち上がった。
 それと同時に美しい花吹雪が辺りに舞い散り、お祭りの開始を皆へと知らせる。

 ジュリアの生誕祭兼祝勝会の開始である。

 通常よりも諸々の関係で日程が押してしまった今回は、正直いつもよりも他所からの集客は少ない。
 一応日程が押してしまうという告知も行ってはいたが、それでも勘違いしていつもの生誕祭の時期に訪れてしまって肩を落として帰る人間がちらほらといたのだ。念のため用意していた記念品を配ってはみたが、彼らがこのお祭りのために再びレーゼルバールを訪れる可能性は低いだろうとジュリアは見ていた。
 しかし例年より少ないとはいえ、もう少し集客の増加が見込めるだろう。今日は一日目だからこんなものだが、日が経つにつれて評判や噂が広がり、徐々に増えるだろうとジュリアは予測していた。

「さぁ、皆! 張り切って行くわよ!」
「全く格好がついておりませんよ、お嬢様」

 牛の着ぐるみを身に纏い、胸を張って宣言したジュリアにロザンナからの辛口のコメントが返ってくる。しかしそんなのはいつものことなので気にもとめず、ジュリアは「スピーカーとマイクの準備はいい?」と周囲に檄を飛ばした。

(なんなのあれは、みっともない)

 そのジュリアの姿を向かいのテラスから見やりながら、ミリディアは眉をひそめた。
 王女はジュリアの邸宅の離れの塔のテラスで優雅にお茶を楽しんでいた。両脇にはきちんとしつけられたお供を従え、祭りの様子を文字通り高みの見物している。
 彼女は憤懣やるかたなかった。
 牛の着ぐるみを嬉々として着るような不作法者が恋のさや当ての相手だというのだ。それも、相手の方が一歩も二歩もリードしているという。
 それはこれまでこの王国の王女として賞賛と尊敬をなんの曇りもなく受け取ってきたミリディアにとってはこの上もない屈辱だった。

(なぜ、ルディは……)

 太った牛の着ぐるみの女を少し離れた位置からその口に微笑みを浮かべて見つめているルディの姿がその美しい黄金の瞳に止まった。

(あの女を選んだのかしら?)

 候補者は他にいくらでもいた。金を持つ令嬢も地位のある令嬢も会社を経営する令嬢だって他に腐るほどとはいかずとも、選択の余地がある程度にはいるのだ。
 その中の誰でもなく、なぜわざわざど派手でどう考えても勘ぐられる彼女を選んだのか。もっと地味でまだ言い訳の聞く相手がもっと他にいたはずなのに。

(何を考えているの?)

 ミリディアはルディを尊敬していた。彼が魔王を退治するために城に常駐するようになってから、その誠実さや真面目さを信頼し、その姿を見つめてきたのだ。
 しかし今の彼は、ミリディアのその知識を裏切るかのように実態が掴めない。
 その程度の浅い付き合いしかなかったのだ、とそう認めることは簡単だった。けれどそれよりも更に深い彼の本音がそこにあるのならば、ミリディアはそれを知ってきちんと受け入れたかった。
 歓声が鳴り響く。
 屋敷のテラスにジュリアが姿を見せたからだ。
 彼女は集まった観光客達を見渡すと真っ赤なグロスの塗られた唇をにぃと吊り上げて開いた。

「牛は好きかーーー!」

 晴天に向かって拳が振り上げられる。それに答えるようにおそらく常連と思しき者達も拳を天に向けた。

「好きー!」
「食うのが好きかーーー!」
「好きー!」
「祭りは好きかーーー!」
「好きー!」

 初見で戸惑っていた人達もだんだんとそれに混ざり始める。徐々に大きく広がった声に彼女は不敵な笑みで答えると、両手を大きく広げてマイクに向かって叫んだ。

「ならば、楽しめ!」

 どっかーんと彼女の背後から空砲が放たれ虹を模した七色の煙が一直線に空へと上っていく。それに一際高い歓声と花吹雪が吹き荒れた。
 虹色の煙を背後に背負い、花吹雪の中胸をそらして踏ん反り返る牛。

「あんなのに恋する男はいないわ」
 絶対に。

 その光景をしらけた目で見ながらミリディアは自らの確信を深めた。
 これは何か裏がある。

(それが何なのかはわからないけれど、最後まで見守ってあげるのが私の役目だわ)

「下に下りるわ。準備を」
「はっ」

 毅然とした態度でそう意気込むと王女は来賓として生誕祭に参加すべく、ドレスの上からショールを羽織ると席を立った。

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