24歳、幸せについて考える
年末年始はコロナ禍になってからはじめて、地元で学生時代の友人たちと集まった。
大学院生で4月から社会人の友達、浪人や留年をしてまだまだ学生の友達、そして新卒2年目の友人たちや、学校をやめてニートになった友達。
この1年半でまったくもって「幸せ」についてわからなくなってしまった。というモヤモヤが残り続けてはや2週間。
その原因はおそらく年末年始にある。
大学を卒業し、大学時代からの恋人と入籍した友達に会った。コロナ禍なので式は未定といいつつ、とても幸せそうなその姿に心からのおめでとうを送った。
どちらも出会いも刺激もない(褒めている)地方で働いてて、そのまま入籍した友達。
車も家も検討中だとか。県内トップの進学校出身の彼女にとって、友人達の中でも早い自分の入籍はさぞ誇らしいことと思う。
一方、日々この混沌とした街東京でたくましく一人暮らしをしながら、毎日1食1,000円以上するランチをして「お金が貯まらない」と嘆き、誰に話しても華やかな仕事をしているわたしにとって、結婚は程遠い。
だってまだまだ時間はあるもの。やりたいことあるもの。朝まで飲み明かしたいもの。出会いたい人たち、話したい人たちもいるもの。
そんな東京に住む私と、地方に住む彼女では人生のステップが1つも2つも違う。
東京での生活は知らなければ知らないで「幸せ」なものだったと思う。
だって地元で高卒で働いて子ども産んで、マタニティフォトをインスタグラムにあげる中学の友達だって幸せそうだもの。
でも、東京には30歳で独身同士の楽しいホームパーティーをしている人たちだっている。
かっこいい女性だっている。キャリアを積み上げて着実に強く生きている女性がいる。
そんな女性がいるなんて東京に出てこなければ知らなかった。知ろうと思わなければ知らなかった世界だったのに。知ってしまったら戻れないじゃない?
それなのに、
「東京って本当に合コンとかあるんだ(笑)」
なんて言われた日には頭を抱えて笑っちゃう。
そんなわたしだって「おのぼりさん」なのにね。
決してお金があるわけじゃないし、たくさん傷つくことや辛いこともあるけど、十人十色の人生の先輩たちに出会って、東京タワーを見ながら過ごす大都会東京での生活は、実家暮らしで地方でのんびりゆったり暮らしている友達には絶対にわからないしわかってほしくない、なんて思いながら、今日もわたしはたくましく強かに、華やかに生きていく。
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