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これを書いている今、彼の顔や声の記憶はどんどんと薄れていっています

 わたしは今ぬるま湯に浸かっているような状態で、辛くて毎日泣くことも、無感情に無関心に生きるよう努めることもなく、好きな人たちに好きと言ったり言われたり可愛がったり可愛がられたりしながら生きられています。地元で学生をしていた時の、孤独や焦燥感と必死に闘いながら時間が過ぎていくのをひたすら待ち続けるような生活にはもう戻らないのだと感じます。


 今日の夢でわたしと見知らぬ彼は高校3年生で、わたしは大学が決まっていて、地元を出るまでの辛抱だと思いながら生きていましたが、彼はまだ大学も決まっておらず、その上バイトをして生計を立てていかなければならない状況でした。
 わたしが母親に、家族に気に入ってもらえるような商品をスーパーで選んでいたら、偶然彼に会いました。わたしは帰りたくなくて、彼も帰りたくなさそうにしていて、ふたりでじりじりと時間が過ぎていくのを待ちました。わたしは主に家の人たち用の食べ物を、彼は主に自分用の食べ物を手に取っていました。
 話している途中、彼の携帯が鳴り、もう午後なのにこれから現場作業のバイトに向かおうとしていました。彼はわたしのことが好きでしたが、わたしは他の誰かのことが好きで、その恋は実らないだろうということはわたしも彼もわかっていました。

 帰ろうか、とレジに行きましたが、トラブルが起こって足止めを食らってしまいました。後ろを振り向いて、「ごめんね、バイト大丈夫?」と訊くと、彼は「全然大丈夫だよ」と返してわたしを抱き寄せました。彼が何を言ったかは覚えていませんが、自分のものになって欲しいというようなことだったと思います。わたしは安心したくて、つい彼の背中に手を回してしまいました。それが一時の気の迷いで、地元を出る他の誰かのことが好きなわたしが、地元に残るわたしのことが好きな彼を都合よく利用しているだけであることはふたりともわかっていました。
 それでも彼はわたしを抱きしめ続けてくれました。

 わたしは目を覚ましました。アラームがなるまであと3分ありました。久しぶりにこのような気持ちになりました。上京するまでの生活で感じていた焦燥感、崖っぷちに座りながら10m程下の海を見ているような感覚、それぞれの思いが少しずつ違う方向を向いているときの雰囲気。
 現実の世界に戻ってから、夢の中で会っただけのもう一生会わないし存在もしていないであろうその人と一緒になりたいと思いました。

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