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【掌編小説】アイ・キャント・スピーク

わたしは、名前が欲しい。

名前があれば、わたしは「助けて」と言うことができる。
名前があれば、あるからこその、苦しみもあるのは知っている。
名前があれば、しかし、わたしは名前を持ったことがないので、そんな苦しみは知りようがない。
名前があれば、そう、何度思っただろう。少なくとも、小学生の頃から思っていた記憶は、ある。
名前があれば。

名前は、わたしのことを示してくれる。
名前は、わたしの、苦しみを表してくれる。
名前がないから、わたしは、何も言えない。
名前がないので、わたしは、いつまでもふつうだ。
ふつうが、いいんだと、いちばんの、幸福だと、言うこがいる。
わたしたちは、お互いを知らない。
ふつうの苦しみを、知らないので、そういう悲しいことを言う。
「助けて」と言う時に、「なんで」と言われた時、ふつうは何も言えない。
名前がないから、わたしは、何も言えない。
名前があっても、きっと、何も言えないのだろう。
ないものねだり。
お互い、傷を抉るだけ。
抉ってるときが、いちばん、生きてる。
グロテスクないのち。

わたしは、うもれていく。
生きれば生きるほど、名前のないわたしは、たくさんのわたしのようなだれかにうもれていく。
でもわたしは、生きなきゃならない。
親のため。友達のため。恋人のため。社会のため。
見たこともない、生きたくても死んじゃったかわいそうなひとのため。
きもちわるいからだを持って、わたしは生きてる。
うもれながら、だれにも、なにも、言えない。
「〈わたし〉を、ほかのだれでもない、この〈わたし〉を、たすけてください!」
そう、言えないのは、わたしに名前がないから。
わたしたちにうもれたわたしは、言い方がわからない。
それで、たぶん、死んでいく。
寿命まで。
ひとりたりとも、わたしを見つけてくれないまま。
助けてくれないまま。
アイ・キャント・スピーク!
いらないいのちが死ぬ。
なむさん。

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