予告された報酬は創造性を低下させる

内発的動機と外発的動機の対比に関する研究は、多くの心理学者によって注目されています。

言葉が小難しく聞こえますが、シンプルに言えば、以下のようなイメージです。

内発的動機:自らやりたいと思って、自分で行動を起こしている状態
外発的動機:誰かに言われたり、外からの(自分以外からの)プレッシャーから、何か行動を起こしている状態

特に、エドワード・L・デシによる「内発的動機に関する論文」では、報酬が内発的動機に与える影響についての洞察が提供されています。デシとライアンが提唱した「自己決定理論(Self-Determination Theory, SDT)」は、内発的動機がどのように促進され、または阻害されるかを説明しています。彼らの研究によれば、予告された報酬は内発的動機を低下させ、結果的に創造性や持続性を損なう可能性があるとされています​ 。

つまり、予告された報酬下では、「なるべく少ない努力で最も多くの報酬を得よう」という心理が働く為、結果的に「質の高いものを生み出すために努力を最大化しよう」という気持ちが働きづらくなるのです。


南極点到達


南極点到達の例、アムンセン(内発的)とスコット(外発的)の違いを示す興味深いケースです。

それぞれの特徴は以下に記載しますが、同じ目標に向かっていたとしても、「自ら進んでやりたいと思ったか」「誰かに命じられて動いている」のかでは、結果に天地の差が出ます。

アムンセン:幼い頃から南極点へ行くことを夢見ており、冬の寒い日に自分の部屋の窓を開けて薄着で過ごし、寒さに体を慣らす訓練をしていた。また、このような探検での失敗要因を自ら調べ、隊長と船長の認識齟齬による致命的なミスが隊の全滅を招くことに気がつき、自ら船長資格を取得。隊長と船長を自らが兼任し、認識齟齬による判断ミスが起こる可能性を可能な限り低くした。自らの情熱の元、探検に出ており、隊員にも自主、自律の心を求めた。

スコット:イギリス海軍士官として命令によって探検に出ており、隊員にも軍律的な規律を求めた。(つまりトップダウン的な指揮系統であり、自律分散的な思考とは真逆)雪の中の探検の為に必要なことのリサーチ・訓練不足が見られる。(吹雪に備えてゴーグルを持って行っていなかった、隊員の中には初めてスキーを履く者もいた等)


分散型プロジェクトの急成長


Bitcoinやブロックチェーンプロジェクト、NFTコミュニティプロジェクトなど、分散型のプロジェクトは、その参加者が自分の興味や楽しさに基づいてタスクに取り組むことで急速に成長しました。これらのプロジェクトの初期段階では、報酬が不明瞭であり、参加者たちは「楽しいから」という理由で活動していました。これは、デシとライアンが指摘する内発的動機に基づいた活動と言えます。​ (Self-Determination Theory)​

例としてBitcoinは、サトシ・ナカモトが論文を発表して以来、凄まじいスピードで、通常の株式会社の形態の企業ではなし得なかった高い技術力と成長速度でプロジェクトが進行しました。

そして、これらのプロジェクトのほとんどは(調べようがないのでここでは「ほとんど」と形容します)、初期段階では、その活動によって最終的に得られる報酬の総額は不明瞭であり、誰もが「楽しいから」という理由で活動に参加していました。つまり、ここでは「内発的動機に駆動されている」状態だったと言えます。

しかし、予告された報酬が創造性を低下させるのであれば、活動に対する報酬が明確になると、”既存社会の報酬設計のままでは”DAO的にワークしていたとしても、創造性が低下するかも知れません。


現在の社会のおかしな報酬設計


”既存社会の報酬設計のままでは”と言ったのは現在の社会では「個人の利益を最大化しようとすると、全体の利益が下がる」といった非合理な仕組みが多くの組織で見受けられるからです。

具体的には、

・交通事故を減らす為に、標識ルールがわかりづらい場所に配備されているはずの警察官が、ノルマをクリアするために自動車が違反するのを待ち、切符を切る

・労働時間の管理が形式的なものになり、実際には長時間労働が常態化している一方で、企業側は労働法を遵守していると主張。(これは、労働者が長時間労働による健康被害を受ける一方で、企業が形式的なルール遵守で責任を回避する状況を作り出す)

などなど、枚挙にいとまがありませんが、「手段」と「目的」が逆転している現象は様々なところで見受けられます。


先に挙げた現在の社会のおかしな設計は以下のとおりです。

現在の社会(A)では通常、「あるタスクに対してかかる時間がかかればかかる程、個人が得られる報酬(=お金)は上がり、一方で組織全体としての利益は下がる」が、タスクが明確にされた分散的にプロジェクト単位で活動する社会(B)では、「あるタスクに対する報酬は一定であり(時間の長短によって変動せず)、むしろ投入時間が短い程、自分の時間も増えるため個人が得られる報酬(=時間)、組織全体としての利益も上がる。


つまり、

A:残業をすればするほど報酬は増えるが、自分の時間の切り売り状態
平均3時間(単価:1000円/1時間の場合)で終わるタスクに対して、得られる価値としては
5時間かかる人(=5000円)>2時間(=2000円)で終わらせることができる人
となり、タスクを早く終わらせた人が損する設計になっている。
一方で、多くの場合、タスクの完了は早ければ早いほど組織全体としてはプラスに働くので、この状況は組織全体としてはマイナス。
つまり、個人の利益の最大化を図ると、組織全体の利益がマイナスとなる。

B:タスクに対する報酬は一定
平均3時間(単価:1000円/1時間の場合)かかるタスクに対して、5時間かけようとも、2時間しか掛からなくとも、報酬は一定となる。つまり、何時間かけようとも得られる報酬は3000円となり、この場合、少しでも早く終わらせて自分の自由な時間を獲得するという個人の利益と、タスクの早期の完了という全体の利益は相反せず、相互利益的(Win-Win)となる。

「予告された報酬による、創造力の低下」については、まだまだ試行をする必要があると思いますが、「予告された報酬」によって、「最小限の努力で価値を最大化しようとする」のが人間の性質であるならば(自然の摂理からもその方が合理的であると思います)、個人が「最小限の努力で価値を最大化しようとする」ことによって、全体の利益が最大化できる仕組みであれば、現行のシステムよりは生きやすい人が増えるのではないかと考えます。

つまり、

現在:個人の利益の最大化(短期的) ≠  全体の利益の最大化(長期的)
未来:個人の利益の最大化(短期的)= 全体の利益の最大化(長期的)

というように、個人と全体が各々の利益の最大化を図った際にそれぞれが相反しない設計にすることが重要と考えます。


18世紀後半から19世紀前半にかけて起きた産業革命の頃は、1時間あたりに人が生産できる量に大きな差異が生まれませんでした。しかし、知的生産でのアウトプットは人によっての差異が大きく、時間を基軸単位とした報酬の払い出し設計にはもう限界があり、その歪み(ひずみ)は至る所で表面化しています。

現在、日本だけでなく世界各国で抱えている人に纏わる「社会問題」はその「歪み」に対する反作用なのだと思います。

今までは技術的にプロジェクト単位での管理や報酬の払い出しは難しかったですが、ブロックチェーンやスマートコントラクト、AIの発達により、技術的には可能な領域が増えてきました。

人々が単なる労働時間の切り売りから解放され、真に自分の心が躍るような体験・経験に人生の時間をより多く使える、そんな社会が1日も早く来ることを願いながら、そのための仕組みづくりについて考えます。




Work Cited List

 Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68-78.
 Deci, Edward L., and Richard M. Ryan. Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. Springer Science & Business Media, 2013.


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