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貧女子のナラティブ 【小話・1781字】

「少しの間だけだったんだけど、女二人でルームシェアをしてたの」
「へー、そうなんだ」
「けっこう大変だったんだよね」
「あー、そうらしいね」
「まあ、相手にもよると思うんだけどね。金持ちの家の子だったのよ」
「ほう」
「スーパーの創業者さんちの子。『大手チェーンに負けじと頑張っています! 地元の方に愛され、支えられているお店です!』みたいな感じの、ある地域に数店舗あるみたいな」
「あるね、そういうお店」
「だから、超金持ちではなくて、中の上か、上の下ぐらいの金持ち」
「なるほどね」
「私よりはよっぽど金持ちだけどね」
「だろうね」
「バカにしてる?」
「してない、してない」
「ごめん、気にしすぎた」
「こちらこそ。で、その子がどうした?」
「その子はね、超金持ちではないんだけど、それなりにお金があるから、持ち物は全部ヨーロッパブランドなの」
「あー」
「タオルはドイツ製」
「今治じゃないんだ?!」
「うん」
「お高いもの使ってんだねー」
「うん。いちいちね」
「かわいいの?」
「うーん、どうだろう」
「微妙なのね」
「アナウンサーを目指してたらしいんだけど、叶わず、自称女優っていう」
「なんで自称?」
「芸能事務所に所属してるって言うんだけど、その事務所に毎月お金を入れていた」
「それは・・・」
「うん。たぶん」
「へー」
「そんな子とルームシェアしてたんだけど、その場所が田舎で、車がないと不便な所だったのよ」
「ふーん」
「私は車を持っていて、彼女は持っていなかった」
「金持ちなのに?」
「うん。免許を持ってない」
「あー」
「だから、いつも私が車を運転して買い物とか行ってたんだけど、彼女、ガソリン代を一度もくれたことがないのよ」
「金持ちなのに?」
「うん。車はガソリンを入れないと走らないことを知らないのかなと思って、一度、一緒にガススタに行ったんだけど、1円もくれなくて」
「ほう」
「田舎だからか、レギュラーが都会のハイオクと同じぐらいの値段だったのね。けっこう痛いのよ」
「それは痛いね」
「なのに、1円もくれない。家賃・光熱費は折半なのに、車に関しては、全部、私持ち」
「あらら」
「『ここに行きたい』『どこそこへ行きたい』って、けっこう足にされてたんだけどね」
「その代わりに何かおごってくれるとか、何かくれるとか、何かなかったの?」
「それがね、ないの」
「金持ちなのに?」
「一切なかったね。ヨーロッパブランドのン十万もする財布を使ってたけどね」
「ン十万!」
「財布に金をかけるなんて、成金そのものでしょ」
「んだな。自称女優は働いてたの?」
「分かんない。自称女優の仕事なのかどうか分からないけど、2週間に1回ぐらいのペースで、1~2泊でどこかへ行ってるっていう感じで。まあ、深くは聞かないからさ」
「謎めいてるね。おみやげとかは?」
「あっ、もらったことないわ」
「そっか。というか、お金が実はなかったんじゃないの?」
「いや、いちいちヘルシアを飲んでたよ」
「じゃあ、お金はあるね。お金のない子は、ペットボトルのお茶は買わないもんね」
「そうですかね」
「え? なんでヘルシア?」
「ダイエットのために」
「へー。太ってたの?」
「普通」
「なるほどね」
「お金がないふうには見えなかったなあ。全身ヨーロッパブランドだよ。ヘルシア飲んで、睡眠薬も飲んでて、お酒のつまみはチーズ専門店のチーズに、イタリア産の生ハムに、ミックスナッツだもん」
「すごいね。さけチーに、ちくわに、チキンラーメンそのままいくっていうんじゃないんだ?!」
「違うよー。ベルギーチョコ常備だもの」
「チョコボールじゃないんだ?!」
「違うよー」
「そっかー。金持ちだー」
「金持ちだよねー。なんでガソリン代、くれなかったのかなー」
「でも、それはさ、言えばよかったんじゃない? 『ガソリン代ちょうだい』って」
「それはそうなんだけどねー」
「言えなかったんだね」
「うん。なんとなく言えなかった」
「そっかー」
「やっぱ金持ちって、どっか、なんか、あれだよね。普通さあ、ガソリン代払うよね。車だってタダじゃないんだしさ」
「それを、ずっと根に持ってるんだね」
「うん。こんなご時世だからか余計そんなことを思い出す。あー、あの子、1円もガソリン代くれなかったなーって」
「それ、笑うとこ?」
「笑うとこかなあ?」
「笑えないか」
「笑っとく?」
「笑っとこ」


 二人の女は、マスクをペコペコさせながら、声を上げて笑った。

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