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花咲爺さんの灰 【小話・3711字】

「本日は、お忙しいところ、お時間をつくっていただきまして、ありがとうございます」
 スーツを着込んだ男は、うやうやしく頭を下げた。
「いやいや、いいんじゃよ。忙しくなんかないんじゃから」
 好々爺、顔をしわくちゃにしながら笑って答えた。
「花咲さまのお噂を耳にしまして、ぜひともお会いしたいと思って本日は参上いたしました。花咲さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわんよ」
「花咲さんの灰について、我々はお聞きしたいと思っているのですが」
「ああ、あの灰じゃな」
「はい」
「どこから話せばいいじゃろか?」
「できれば、事の起こりからお願いしたいのですが」
「うむ。ある日、いつものように、川へ魚をとりに行ったんじゃよ。川には筌を仕掛けておいてある。そこに、子犬がかかっておったんじゃ」
「子犬が」
「うむ。何ともかわいらしい犬コロでな、婆さんに見せてやろうと思って家に連れて帰った」
「ほう」
「婆さんもたいそう喜んでな、犬コロはうちで飼うことにした」
「ふむふむ」
「婆さんと二人、その犬コロを我が子のように育てた。ありがたいことに、すくすく育ったんじゃ」
「お優しいお二方に育てられて、お犬さまもさぞ幸せ者ですね」
「幸せ者はわしらのほうじゃよ。ある日、犬コロが『山へ行こう』と言うから、一緒に行ったんじゃ。犬コロがずんずん歩いていくから、あとをついて行った。どれぐらい歩いたかな。犬コロが突然、『ここ掘れ、ワンワン』と言う。掘ってみたら、大判やら小判やら、ざんざか出てきたんじゃよ」
「ほう」
「そのままにしておいてもあれじゃからな、大判も小判も家に持って帰ってきたんじゃ」
「それは、それは、幸運に恵まれましたね」
「うむ。婆さんもとても喜んだ。じゃがなぁ……」
「どうされたんですか?」
「お隣の欲張さんがそれを聞きつけてな、『犬を貸せ』と」
「貸されたんですか?」
「うむ。犬コロは嫌がったんじゃがな、欲張さんが犬コロに縄を付けて引きずっていったんじゃよ」
「まあ」
「欲張さんも山へ行ったんじゃけど、犬コロが『掘れ』と言ったところを掘ったら、出てきたのはガラクタだったんじゃ」
「ああ、そうでしたか」
「怒った欲張さんは、犬コロを殺してしまったんじゃよ……」
「なんと、むごい」
「うむ」
 男は涙ぐむお爺さんにハンカチを渡した。
「かたじけない」
「いえ。つらいことを思い出させてしまって申し訳ないです」
「いいんじゃよ」
「こんなことを聞くのは心苦しいのですが、一つ、質問させてください」
「なんじゃな?」
「お噂の花咲さんの灰は、荼毘に付されたお犬さまのご遺灰ということになるのでしょうか?」
「いやいや、違うんじゃ。あれは臼なんじゃ」
「臼?」
「うむ。犬コロのお墓のところに、いつの間にか大きな木が生えたんじゃ。婆さんと話してな、その木を切って、臼をつくって、それで餅をこさえて、その餅を犬コロのお墓に供えてやろうということにしたんじゃ」
「ふむふむ」
「その臼で餅をついていたら、これまた大判と小判がざんざか出てきたんじゃよ」
「へえ!」
「それを聞きつけたお隣の欲張さんがまた来てな、臼を持っていってしまったんじゃ」
「あらら」
「ところが、欲張さんが餅つきをしたら、臼からヘビだのムカデだのが出てきてしまったんじゃ。欲張さんはまた怒って、臼を燃やしてしまったんじゃよ」
「はー」
「婆さんと二人、もうがっかりしてしまってな。せめて、臼の灰だけでもと思うて持って帰ることにした。その帰りがけに、灰が風で舞ったんじゃ。そうしたら、その灰のかかった枯れ木に花が咲いた」
「ほう」
「ほんに見事だったで、誰かに見せてやりたくなってな。誰か通らないかなと思うて待っていると、ちょうど裕福なお方が通ったんじゃ。そのお方の見ているところで、『枯れ木に花を咲かせましょう』と、灰をぱっとまいた。そうしたら、花がわーっと咲いた。その裕福なお方はたいそう喜んでな、褒美の品をもらったんじゃよ」
「なるほど。そうだったのですね」
「うむ」
「それで、花咲さんの灰のお噂が広まったのでしょうね」
「そのようじゃな」
「いやあ、素晴らしいお話を聞かせていただいて、本当にありがとうございます」
「いやいや、いいんじゃよ」
「そこでですね、」
 男は座り直して、爺さんにぐっと顔を近づけた。
「その灰なのです」
「灰がどうしたんじゃ?」
「実は今、世界はその灰の話で持ちきりなのですよ」
「世界?」
「ええ。地球ぐるっとその話で持ちきりです」
「はあ」
「皆、その灰が欲しい欲しいと、大変なのです」
「灰もお隣の欲張さんが持っていってしまったから、もうないんじゃよ。それに、欲張さんが灰をまいても花は咲かなかったんじゃ」
「ええ。存じております」
「そうか」
「それを承知で、我々、こうして参っております」
「そうか。それなら、話は早い。灰はもうないわい」
「いいえ。大丈夫です。花咲さんがおつくりになれば、その灰は花を咲かせるものになります」
「無理じゃろうて。あれは犬コロの魂の宿ったものだったから、花が咲いたんじゃ」
「いいえ。大丈夫です」
「ん?」
「問題は、花が咲くか・咲かないかではないのです。皆がそれを欲しているということなのです」
「欲しいと言われても、ないものはないぞな」
「ですから、花咲さんの灰であればよいのです。花咲さんがどこかから木を切り出してきて、それを灰にしてくだされば、それでいいのです」
「ん?」
「これほどの需要はありません。世界中からですよ。これは、花咲さんが灰をつくらねば、絶好の好機を逃すことになります」
「好機?」
「はい」
「いやいや、おかしいじゃろて。皆、枯れ木に花を咲かせたいんじゃろ?」
「それはそうです」
「だったら、そこらの木を切り出して、花を咲かせることのできない灰をつくってもしょうがないじゃないか」
「いえ、それは大丈夫なのです」
「ん?」
「先ほども申し上げたとおり、花が咲くか・咲かないかは関係ないのです。世界中からのこの需要に応えることが今、重要なのです」
「応えるも何も、さっきも言ったじゃろ。お隣の欲張さんがその灰をまいても、花は咲かなかったんじゃ。あれは犬コロの魂がそうさせたのであって、何でもかんでもいいというものじゃないんじゃよ」
「いいえ。花咲さん、違います。何度も申し上げますが、花咲さんがつくった灰であればいいのです」
「ん?」
「花咲さん、大事なのは、花咲さんがつくった灰であるということなのですよ。皆がそれを欲しがっているということなのですよ。そこなのです。花が咲くか・咲かないかは、関係ないのです」
「そうかのう。花が咲かなかったら、みんな怒るんじゃなかろうか?」
「その点に関しては、我々、準備があります。ある国が協力を申し出ています。まず、その国で花咲さんの灰をまき、花咲さんの灰をまいたら花が咲いたというエビデンスをつくります。そうすれば、不確実だった噂は、枯れ木に花が咲くという確信に変わります」
「海老、たんす?」
「エビデンス、つまり、花が咲くという根拠、証拠です」
「んんん? しかし、それは人を騙すことにならんかのう」
「騙すことにはなりません。データは誰が見ても疑いようのないものを作り上げる力が我々にはあります」
「伝太?」
「データです。つまり、情報、判断材料です」
「うぬ……」
「花咲さん、何度も申し上げますが、花が咲くか・咲かないかは問題ではないのです。世界中の人々がそれを欲しているということが重要なのです。これは、あなたに協力していただくことが絶対に必要なのです」
「そう言われてものう」
「花咲さん、迷うことはありません。あなたは灰をつくるべきです。世界中の人が待っているのですよ!」
「……」
「ご心配なさらないでください。『全ての枯れ木に効果があるわけではありません』と一筆書き添えればよいのです。嘘をつくことにも、人を騙すことにもなりません」
「……」
「我々の仕事は、枯れ木に花が咲くという希望を売ることなのです。何度も申し上げますが、枯れ木に花が咲くか・咲かないかは、関係ないのです。皆の切望に対し、花咲さんが応える。それだけでもう私たちの仕事は完了するのです」
「……」
「これは、あなたにしかできないのですよ!」
「……」
「これは、皆のためになることなのですよ!」
「……」
 湯を沸かす勢いで男はまくしたてた。好々爺、目に涙を浮かべて静かに答えた。
「すまんのう。わしには、できない。すまんのう……。わざわざ来てもらったのに、申し訳ないのう」
「しかし、花咲さん……」
「すまんのう。このとおりじゃ」
 好々爺、深く、頭を下げた。
「そんなそんな、おやめください。わ、分かりました。花咲さん、何か大変な勘違いをされていると思いますが、どうしてもとおっしゃるのなら、これ以上は申せません」
「すまんのう」
「こちらこそ、お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした。では、失礼いたします」


 男は花咲爺さんに頭を下げ、家を出た。


「ちっ、無駄足になった」
 男が舌打ちをしたそのとき、声を掛けた者があった。


「何かお困りですかな? よろしかったら、私どもがお話を伺いますよ。あなたがたのお役に立てると思います」


 隣の家の老夫婦だった。



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