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帰りたい場所は水の中 | #青ブラ文学部

故郷ふるさとと呼べる場所はもうない。
生まれ育った自然に囲まれた山と山と谷間にあった村の住人たちは、国から立ち退き料を貰って別の土地へ移り住んだ。

あの山と山の谷間は、今では水がたっぷりと溜まる大きなダムとなり、県の大事な水源地となった。県民の生活を守るための大事な水。水害が起こらないように作られたダム。

村を出てから25年。
ダムがようやく完成した。
そのダムをわざわざ見に行き、泣いてしまった村の者もいると聞く。

帰りたい場所へ行き、悲しくなり、帰ったことを後悔するなんて、私にはできない。

だから帰らないと決めていた。

親同士が仲が良かった幼馴染のハルとは連絡を取り合っていて、たまには食事にもいく。

「村あった場所……見にいかないか?」

ダムって言わないところがハルらしい。

「いいよ」

村の景色も忘れかけていたし、写真も見ないようにしていたから、そろそろ見に行っても大丈夫だろうと思った。

ハルの車でダムへ向かう。

木が生い茂っていた山は切り開かれ、そこには大きな湖があった。ちょっとした観光場所なのか、駐車場も完備されていた。

車を停めて外にでると、2人で湖を眺めた。

あの山の斜面に見覚えがある。
あの斜面の下は私の家があった場所だ。

泣くつもりなんてなかったのに涙が溢れた。

「私たちの帰りたい場所って水の中だね!」

わざと笑ってみせた。

隣のハルの目からも涙が溢れていた。

「馬鹿じゃねぇの!水の中なんて帰れるか!」

私たちはゲラゲラ笑った。
大声で笑った。

溢れる涙は止まらなかった。

(了)


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山根あきらさん
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